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02-7.「お前のせいで台無しだ」と言ってやりたい

「ダニエル様、どうして、そんなに怪我をしているのですか?」  クラリッサは涙を流す。  同情をしているのだろうか。それとも演技なのだろうか。 「かわいそう、かわいそうだわ」 「チッ」 「う、うう、ダニエル様、誰が貴方を傷つけるのですか……?」  ダニエルはその言葉に対して舌打ちをする。  庇護対象として扱われるのは嫌いだった。 「傷つけられてなんかいねえよ」 「そんなことないです! だって、ダニエル様の身体はボロボロなんですよ!?」 「はあ? それは模擬戦で魔力を消費したからで――」 「違います!! 底なしの魔力貯蔵量を誇るダニエル様がそれだけでボロボロになんてなりません!」  ……なんでそれを知っているんだ。  寒気がした。  魔力貯蔵量は人によって異なる。代々魔力に恵まれている傾向のある貴族が生まれつき魔法を使えるのと同じように、魔力を身体に蓄える為の器官が備わっている。それは特定の鑑定技術を身に着けている魔法使いに視てもらわない限りはわからないものである。  ……父上たちしか知らないことだぞ。  ダニエルは生まれつき膨大な魔力量を持っていた。  乙女ゲームではその魔力を悪用することにより、ヒロインたちの障害となる。そして、悪役令嬢の断罪後は膨大な魔力量に目を付けた王によって地下牢に囚われ、王国を守る為の魔力の防護壁を維持する生贄に選ばれることになる。  ……入れ知恵した奴がいる。  クラリッサの口から何度も語られている異世界の聖女による入れ知恵だろう。彼女はそれを助言の一つとして疑うこともなく受け入れただけなのかもしれない。  ……最悪だ。  ダニエルの悪役として末路を思い出し、恐怖した。  この時点でクラリッサがダニエルの体質に気付いていたのならば、乙女ゲームでの結末にも納得することができる。乙女ゲームでは、ギルベルト王国を守る為の生贄にすることを提案したのはヒロインだったはずだ。 「……聖女様のお言葉の通りでした」  クラリッサは涙を拭う。  本来ならば敵役であるダニエルに構うのには理由があった。クラリッサの背後にいる異世界の聖女による言葉を信じ、疑う知らない彼女なりの正義だ。その正義を振りかざすことによる犠牲者など目には入らないのだろう。 「攻略対象のフェリクス・ブライトクロイツ様は、ダニエル様を愛していないのですね。……だって、愛しているなら、彼を傷つけるようなことはしない。もしも、ダニエル様を愛しているのならば、治癒魔法をかけても模擬戦での傷を負った場所以外は光らないはずだと聖女様はいわれていました」  クラリッサの言葉に対し、フェリクスは反撃をしようとするが、ダニエルに阻止される。今は異世界の聖女の助言を口にしているクラリッサの言い分を聞き逃すわけにはいかなかった。  ……重すぎる愛ならわかるけどな。  慈しみ守るだけの愛もあるだろう。  それではダニエルたちの愛は物足りなかった。フェリクスは愛するダニエルが他人の目に触れることを許せなかった。それも重すぎる愛故の行動だと受け入れてしまうダニエルにも問題があったのかもしれない。  それでも、彼らは幸せだと自信をもって言えるのだろう。 「ごめんなさい、ダニエル様。怖い思いをさせてしまってごめんなさい」 「怖い思いだって? 冗談だろう。俺は平民の手が触れるのを嫌がっただけだ」 「はい、知っています。聖女様が教えてくれました」 「それも異世界の聖女様が教えてくれたと?」 「はい。そうなんです。あたしがダニエル様たちを救えるように、教えてくれて――」 「はは! そうか、そうか。随分と都合の良い妄言だな」  フェリクスの制止を振り切って前に出る。  自棄になったわけではない。  ……話をつけてやる。  膨大な魔力貯蔵量を秘めていることは両親と兄しか知らない。それを異世界の聖女と呼ばれている存在はクラリッサに打ち明けた。その意図はわからなかった。乙女ゲームを楽しんでいるだけならば、わざわざ、悪役を味方に取り込む利点を教える必要性は感じられない。  ……余計な真似をしやがって。  恐らく、クラリッサに治癒魔法をかけられた影響だろう。  ダニエルの目にはクラリッサの背後にいるべきではない存在が見えていた。靄のかかった存在だ。目を反らせば見えなくなってしまうだろう。 「愛されたいなんて言ったことがねえだろ」  クラリッサの腕を掴む。  視線だけは彼女の背後から見守っているのだろう異世界の聖女に向けた。 「この世界とは関係がない奴が勝手な判断をしてるんじゃねえ。俺たちは俺たちの人生を生きている。お前がなにを企んでいるのか知らねえが、平民を使ってまで干渉をするのを止めろ。不愉快だ」  その言葉を理解した者は少ないだろう。  クラリッサを否定しているようにも聞こえるが、言われたはずの本人は瞬きを何回もしているだけだった。 「……ダニエル様も聖女様の姿が視えるの?」  心なしか目が輝いているようにも見えた。  クラリッサの言葉に対して肯定も否定もしない。この世界にとっての異物である異世界の聖女らしき存在は認識をすることができたものの、クラリッサのように声が聞こえるわけでもはっきりと視えているわけでもない。 「ダニエル様は、あたしと同じ……?」  不穏な気配を察した。  ダニエルはクラリッサの腕を離した。 「あたしと一緒に王国を救いましょう! ダニエル様!!」  反射的に距離を取ろうとするが、遅かった。  クラリッサはダニエルに飛びつく。そして、そのままの勢いでダニエルに抱き着いた。身体中を激しい寒気に襲われたダニエルは振りほどこうとするのだが、クラリッサは幸せそうな顔をして抱き着いており、なかなか振りほどけない。  唖然としていたフェリクスは我に返り、ダニエルとクラリッサを引き離そうとする。 「離れろ!!」 「ダニエルを離せ!!」  ダニエルとフェリクスの声が重なる。  必死に抵抗をするダニエルの様子に気付いたのだろう。アーデルハイトやユリウスたちも駆け寄ってきた。 「くっつくんじゃねえ!!」  不快で仕方がないと訴えるような声だった。  必死に抵抗をするダニエルだったが、妙な視線を感じた。そちらに視線を向けてみると、先ほどと同じように靄のかかった女性が泣いていた。声は聞こえないものの大声をあげて泣いているようにも見える。なぜだろうか。それが不快で仕方がなかった。  ……泣いてるんじゃねえよ。  苛立ちすらも感じる。それなのに心のどこかでは泣いてほしくないと訴えている。それが前世の記憶によるものだということは何となく気づいていた。

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