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08-2.霧島姉弟は異なる道を選ぶ

 ……霧島優斗は思い出せなかったのか。  恋人になることはなかったのだろう。  理解のできない妄想を語られていると判断し、霧島優斗は拒絶をした。  そして、受け入れられなかったという事実を受け止めらなかったフェリクスの手にかかり、命を落とすことになったのだろう。 「わかるだろ、ダニエル」  フェリクスはダニエルを愛している。  そして、ダニエルから愛されていることが当然だと思っている。  それは間違いではない。しかし、酷く、危ういものだった。 「あぁ。フェリクス。わかっているさ」  危険を伴う関係だということはダニエルも理解をしていた。  理解をした上でフェリクスを肯定した。 * * *  ……叔父様の考えはよくわからない。  ダニエルは教皇である叔父、クライドに視線を向ける。  呼ばれてもいないのにもかかわらず、同席をしたいと申し出たフェリクスのことを快く受け入れた姿は人々の悩みを聞くことに長けた聖職者らしい姿のようにも見える。  ……重要な話があるのではなかったのか。  周囲に視線を向ける。  話し合いの場所として、レイブンに案内をされたのは生徒会室だった。  そして、ダニエルたちよりも先に集合していたのは、ユリウス、ルーカス、そして、クラリッサと花音の四人だった。万が一、揉め事が起きた時に対処ができるように同席している大人たちも見知った顔ばかりだ。 「早速だが、本題に入ろう」  クライドは人が良さそうな笑みを携えながら、口を開いた。 「カノン・キリシマ嬢。君がこの世界で生きることを望むのならば、聖教会は喜んで君の居場所を提供しよう。衣食住は保証する。君が望むのならば、学院にも通学ができるように手配をすることも可能だ」  クライドの言葉に対し、花音は何も言わなかった。  提案された言葉を疑っているのか、花音が知っている乙女ゲームの中では存在しなかったやり取りに戸惑っているのか。  ……衣食住の保証か。  最低限の衣食住の保証をする代わりに、それ相応の対価を要求するつもりなのだろう。 「自分のことだ。きっと、わかっていることだろう」  クライドはどこまで知っているのだろうか。  当然のように花音に問いかける姿は、異端審問官のようだった。  この場にいる誰もが、疑問に抱くことを口にすることは許さない。 「……なんのことですか」  花音は小さな声で呟いた。  認めたくはないことがあるのだろう。 「君は、この世界では長くは生きられないということだよ。今のままでは、三日も持たずに消滅することになる。魂が消滅すれば、異世界に置き去りになっている君の身体も機能が停止することになるだろう」  クライドの淡々とした声が生徒会室に響く。  自然の摂理を説くかのように、それを知らない者はこの場にはいないだろうというかのように、戸惑うことなく、真実を告げた。  ……嘘だろ。  ダニエルも知らなかったことだった。  戸惑いを隠せなかったものの、それを指摘する者はいない。ただ、隣に座っているフェリクスだけがダニエルの手を握りしめた。 「そんな!」  クラリッサが沈黙を破った。  黙って聞いているだけではいられなかったのだろう。 「教皇様! カノンさんが助かる方法はないんですか!?」  身を乗り出しそうな勢いのクラリッサを止める者はいない。 「もちろん。助かる方法はある」  クライドは笑顔で告げる。 「クラリッサ嬢の命を差し出せばいい」  それは残酷な答えだった。  ……どういうことだ。  ダニエルには心当たりがない。  ……そんな設定、聞いたことがない。  うろ覚えになりつつある前世の記憶を辿っても、聖女の犠牲が必要になる儀式に関する知識は出てこない。 「偽の聖女になる道を選べば、生き残れる。その為にはクラリッサ嬢に犠牲となってもらなくてはいけないけどね」  しかし、この場でクライドが嘘を吐く意味はない。  意味のないことをして、他人をからかうことを嫌っている人だということは、ダニエルが誰よりも知っている。 「そんなの――」 「わかりました! あたしの全てをカノンさんに捧げればいいんですね!」  花音の言葉を遮り、クラリッサは立ち上がる。  まるで、その為だけに生きてきたのだと宣言するかのように目を輝かせ、迷うことなく、クラリッサは花音の両手を掴んだ。 「あたしの命をもらってください! カノンさん!」  命を差し出すことの意味を理解していないはずがない。  犠牲になることの意味をわかっているはずだ。  それに対して、なにも戸惑いを抱かなかったのだろうか。  ……かわいそうな奴。  ダニエルは見ているだけだった。  ……あの女は嫌いだが。  女性というだけで苦手意識があった。  その上、乙女ゲームのヒロインとして、聖女らしく振る舞おうとするクラリッサの言動を理解することができず、フェリクスと過ごす平穏な日々を壊そうとする厄介者として疎んでさえもいた。  ……あいつも、ずいぶんと恋心を歪ませたものだな。  同情するわけではない。  ただ、クラリッサが花音に抱いている感情には心当たりがある。  自分自身の大切なものをすべて投げ捨ててでも、愛を貫こうとする姿は、前世の機械越しで見ていたダニエルの最期の姿とよく似ていた。 「なに、バカなことを言ってるの……?」  花音は掴まれた両手を振りほどけなかった。 「言っていることの意味、わかってるの?」  花音には理解ができないのだろう。 「もちろんです。カノンさん。あたし、カノンさんの為なら、なんだってできるんですよ!」  クラリッサは引かない。 「それに言ったじゃないですか」  これほどに幸せな死に方はないと、語りだしそうなくらいに目を輝かせ、言葉を続ける。 「あたしは、カノンさんがいれば、それでいいんです」  盲目的な信仰は、歪な恋心に変わっていた。 「もう一人で泣かなくていいんですよ。カノンさん」  クラリッサは花音の幸せを望んでいる。  その為ならば、自分の命さえも手段の一つとして数えられるのだろう。

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