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08-1.霧島姉弟は異なる道を選ぶ
「フェリクス」
ダニエルは引き下がるわけにはいかなかった。
それがわからないフェリクスでもない。
「叔父様は敵じゃない」
ダニエルにとって、クライドは敵でも味方でもない。
聖教会の教皇としての権力を振りかざし、強引に話を進めようとするような人でもない。かといって、人格者というわけでもない。
「俺の話を聞かない父上よりはまともな人だ」
叔父と甥としての関係は良好だ。
魔力に恵まれたダニエルを聖教会の司祭として教育をしようと、機会を伺っていることさえ除けば、ダニエルにとって良き相談相手でもある。
互いを利用しあうのは、ダニエルにとって日常の光景だ。
……昔から世話になっていたし。
幼い頃、ダニエルは酷い悪夢に魘されていたことがある。
悪夢によって、情緒不安定に陥り、魔力を暴走させ、命の危機に晒されたことも少なくはない。それを救ったのはクライドだった。
……どうせ、叔父様に聞きたいこともあったし。
ダニエルは前世の記憶をすべて取り戻したわけではない。
その原因は幼少期にある。
クラウドの手によって封じられた悪夢の中に、ダニエルが忘れている前世の記憶が隠れているのだろう。
「お前が何を心配してるのか、俺にはまったくわからないけどな」
ダニエルはフェリクスに体重をかける。
「心配なら、俺と一緒に叔父様に会おう。手を繋いでもいいし、腕を組んでやってもいい。フェリクスの心配事が的中するようなら、二人で逃げてしまおうぜ」
ダニエルの言葉に嘘はない。
それは目の前に立ち、話を聞いているだけのレイブンにもわかっていることだろう。
「……いいのかよ」
フェリクスは事情を打ち明けないつもりなのかもしれない。
何に対し、怯えているのか、口にすることはないだろう。
……こんなフェリクスは久しぶりに見た。
聖教会と関りを持ちたくないのは、なぜなのだろうか。
……聖教会か。
ダニエルは聖教会に対し、特別な思い入れはない。
国教であり、国政に対してそれなりの影響力を持っている程度の認識だ。
……確か、聖教会の地下に幽閉される話もあったな。
前世の記憶を呼び覚ます。
かなりうろ覚えになりつつある乙女ゲームの展開の一つには、ダニエルが悪役令息として断罪され、国の為に命を捧げることを強制させられる場面があったはずだ。
それが現実に起こる可能性があるのならば、フェリクスの聖教会に対する警戒心の高さに頷くしかないだろう。
「当然だろ。フェリクスの為なら、俺はなんだってやってやれるんだよ」
ダニエルは笑みを浮かべた。
それに対し、フェリクスは項垂れる。
……なんだよ。
参ったというかのように項垂れたフェリクスを見つつ、ダニエルはフェリクスの返事を待った。
「……いざとなったら、暴れるからな」
「わかってる。そしたら、俺も暴れてやるよ」
二人が一緒ならば、できないことはないだろう。
「ダニエルの護衛は口が堅いか?」
フェリクスはようやく覚悟が決まったようだ。
クライドとの面談を阻止できるのならば、フェリクスはなにも打ち明けないつもりだった。
しかし、面談を止められないのならば、何も情報を持たないまま、会わせるわけにはいかなかった。
「当然だろ。秘密厳守は何よりも得意な奴だよ」
ダニエルは視線をレイブンに向ける。
部屋の外に追い出すこともできるが、それをすれば、フェリクスがダニエルに秘密を打ち明けたとしてチャーリーに密告されるだろう。
……父上が知ったところで何もしないだろうが。
チャーリーは興味もないはずだ。
しかし、クライドは違う。
良き相談相手の叔父とはいえ、利用できる弱味を握られるわけにはいかなかった。
「本当は話したくもないんだけどな」
フェリクスはため息を零す。
……エロっ――。何考えてるんだっ、俺は!
それは昨夜の行為を思い出せるものだった。
「俺は何回も聞いたよな。どうして、忘れてんだって」
その言葉は何度も聞いたことがある。
……よく言っていたな。
初めて出会った時のことを思い出す。
あの時、フェリクスは、思い詰めたような顔をしていた。
ダニエルにとって、それは違和感を抱く程度のものでしかなく、フェリクスが幼いながらに必死に思い出させようとしている言葉には心当たりが一つもなかった。
「俺のことが好きなくせに。なんで、俺を信じなかったんだって」
フェリクスは顔を上げない。
見られたくないような表情をしているのだろう。
「俺は、ずっと、ダニエルだけを愛しているのに」
零れ落ちないように、必死に宝物を抱きしめている子どものようだった。
……知ってる。
何度も何度も、言われてきた言葉だった。
何度も何度も、向けられてきた視線の意味を知っていた。
それを簡単には受け入れられなかったのは、ダニエルの自尊心によるものか。
それとも、思い出させないように封じられた記憶を刺激する可能性の高いフェリクスを無意識に遠ざけようとしていたのか。
「……俺にはな。二人分の記憶がある」
フェリクスは、その記憶を思い出したくもないのだろう。
「ダニエルを救えなかった俺自身の記憶と、霧島優斗を殺した恋人の記憶だ」
その言葉を聞き、ダニエルは信じられないと言いたげな顔をした。
「恋人?」
心当たりがなかった。
ダニエルの記憶の中では、霧島優斗は通り魔に殺されている。
殺された時の記憶を覚えているわけではない。しかし、通り魔に殺されたと認識をしてしまっていた。
「そうだ。恋人だった。俺たちは何回生まれ変わっても、何回やり直しても恋人になるんだ」
フェリクスはゆっくりと姿勢を戻す。
「そうじゃねえといけない」
視線をダニエルに向ける。
……あぁ、そうか。
視線が交じり合う。
それだけでダニエルはフェリクスが抱えてきた感情の重さを理解する。
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