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07-4.喧嘩するほど仲が良い
「本当にお召し上がりになられるとは」
見守っていたレイブンは心底呆れた声を出した。
……従者の言葉じゃないな。
従者の対応が気に入らないからという理由で解雇するような雇い主だったのならば、レイブンは真っ先に解雇されていることだろう。
実力重視のベッセル公爵家だからこそ、雇われ続けているだけである。
そのことを考えつつ、ダニエルはパンを飲み込む。
「それで? 要件は?」
フェリクスは食事の手を止め、レイブンに問いかける。
昼頃まで部屋にいることを心配し、姿を見せたわけではないだろう。
ダニエルの行動を監視することが主な仕事であるレイブンたちは、ダニエルの命が危機に晒されるような状況下に陥っても、公爵の指示がなければ動かない。
それなのにもかかわらず、わざとらしく食事の準備までしてきたのだ。
ダニエルに用事があるのは間違いないだろう。
「教皇様がお見えになられました」
レイブンの返事を聞き、ダニエルは心底嫌そうな顔をした。
……クライド叔父様は嫌いじゃないんだが、めんどうなんだよな。
母親の弟であり、トワイライト伯爵家の出身であるクライド・トワイライトは聖教会の教皇を務めている。実力、人格ともに高評価の人物であり、次の教皇に選ばれるのではないかという噂は誰もが知っていることだろう。
「叔父様がどうしてここにいるんだよ」
ダニエルは嫌そうな声をあげる。
私的な用事で来校したとは思えない。
教皇として動かなければならないほどの事態に陥っている。それも、本来の予定を早めてまで動かなければならないような状況だ。
その状況を理解してしまう。
理解はしていたものの、それでも、思わず、ため息を零した。
「詳細は存じ上げません。しかし、聖教会として不都合な事態が発生したのならば、それなりの対処をするのが彼らの役目なのは、坊ちゃまもご存じのことでしょう」
レイブンは使用済みの食器を片付けながら、淡々と語る。
……対処か。俺には関係がないな。
ダニエルには関係のない話だ。
心の中で、自分自身に言い聞かせるかのようにつぶやいた。
……関係ないんだ。
脳裏をよぎるのは花音の泣き顔だった。
弟を亡くしたことを受け入れられないまま、異世界に召喚された前世の姉だ。
しかし、ダニエルにとっては他人だ。
自分自身の立場を投げ出してまでも助けなければならない相手ではなく、ダニエルが花音の為にできることなど限られている。
彼女の為にできることは、ほとんどないと言っても過言ではないだろう。
「叔父様と話がしたい」
「やめておけよ、ダニエル。聖教会と関わるとろくなことがない」
「珍しくまともなことを言ったな」
「俺はいつだってまともだろ。とにかく、会うのは止めとけ。適当な理由でも並べて面会拒否すればいいだろ」
フェリクスは視線をレイブンに向けた。
その視線は冷たい。まるで余計なことをダニエルにさせるなと言いたげな視線を向けられているのにもかかわらず、レイブンは気づいていないかのように振る舞った。
「ダニエル」
フェリクスはダニエルの手を握りしめる。
……怯えているのか。
聖教会を避けて生きることは不可能である。
この国に生きている限り、聖教会の信者でいなければならない。そうしなければ、異端審問にかけられることはフェリクスも知っているはずだ。
「教皇に会うなよ」
「叔父様と会うくらいで文句を言うな」
「叔父と甥なら文句はいわねえよ。相手は教皇だろ」
……なんだったか。
ダニエルはフェリクスが怯えている原因を知っている。
しかし、それを目にしたわけでも聞いたわけでもない。
曖昧になりつつある前世の中で耳にしただけの物語だ。それを思い出す時間さえもなく、ダニエルは困ったようにフェリクスに笑いかけた。
「フェリクス。お前が何を心配しているのか、俺にはわからない」
握られた手を振り払わない。
「理由を言わないなら、お前の我儘に応えてやるつもりはないぞ」
「教えたら、会わないって約束してくれるのかよ」
フェリクスの言葉に対し、ダニエルはありえないと言わんばかりの表情を浮かべた。
「するわけないだろ」
ダニエルは即答する。
レイブンが叔父の来校を伝えにきたということは、面会の予定が組まれていることを意味する。会わなくてもかまわないのならば、わざわざ、来校していることを知らせになど来ない。
フェリクスもそれをわかっているだろう。
「……言わないからな」
拗ねたのだろうか。
フェリクスは勝手にしろというかのように、ダニエルから視線を逸らした。それでも手を離そうとはしない。
……拗ねたな。
拗ねた顔を見ようと覗き込んでみたが、表情が見えない。
……前世の関係か、それとも、もっと昔のことなのか。
花音の言葉が正しければ、フェリクスも異世界で生きた記憶を持っていることになる。フェリクスは前世のことを気にしていた。
後悔こそはしていないものの、ダニエルの耳に入れたくない話だったのだろう。それに関わるようなことは口にしない。
……意外とわかりやすいな。
思い返してみれば、ダニエルが落馬する前から、フェリクスは聖教会や前世などという話になると拗ねた。覚えていないのならばそれでいいと割り切っているかのように装いつつ、ダニエルが自分から離れていくのを酷く恐れているかのような振る舞いをする。
以前まではそれが理解できなかったものの、一度、気づいてしまうと可愛らしい嫉妬姿のように見えてくる。
「お前が話したくないなら、黙ってればいいさ」
ダニエルはわざとらしく、指摘する。
「俺にはそれに従う理由がないけどな」
ダニエルはフェリクスに身体を寄せる。
「気にするなよ、フェリクス。俺はお前がどうしてそこまで怯えているのか、聞かないでいてやるから」
「怯えてなんかいねえよ」
「は? 自覚ないのかよ?」
「なにが」
「手。震えてるんだけど? そんなに俺に行ってほしくないのかよ?」
ダニエルは信じられないと言わんばかりの声をあげる。
わざとらしく振る舞う姿を見ても、フェリクスは何も言わなかった。
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