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07-3.喧嘩するほど仲が良い

 避けることもせず、枕を背中に投げられたレイブンは気にもしていないようだ。 「フェリクス公子。注文されていた衣類はクローゼットの中に仕舞っておきました。坊ちゃまの好みをよく理解されている衣類ばかりだったと部下たちは引いておりましたよ」  レイブンは淡々と話を続ける。  それに対して冷めた目が向けられていることなど気にもしていないのだろう。  ……俺が見た時には何もなかったよな?  ダニエルが探した時には制服しか残されていなかった。  その数分後にはレイブンの手により大量の服が仕舞われたのだろうか。それとも、レイブンの部下たちの手によって行われたのだろうか。どちらにしても、訓練をされている公爵家の使用人だからこその早業である。  ……さすがに同情するな。  使用人を手足のように使うのはダニエルも同じだ。  しかし、万が一の問題が起きないように常に気配を消しながら見守っているのも苦痛だろう。本来の仕事とはかけ離れていることを思うと、ダニエルも同情をしてしまう。 「お食事をどうぞ」  レイブンは軽食が並べられた机を持ち上げ、ダニエルたちの目の前に配置をする。それに対し、フェリクスは嫌そうな表情を浮かべてはいたものの、サンドイッチを食べ始める。 「レイブン」  ダニエルは不満そうな顔をしていた。 「トマトは嫌いだと言ったはずだが」 「好き嫌いをさせないようと命令されています。どうぞ、覚悟を決めて召し上がってください」  小食のダニエルでも食べきれるようにと少なめの量が用意されている。  しかし、大雑把に切られているだけのトマトが存在を主張していた。それを抜き取って皿の上に捨てると、レイブンは分かっていたと言わんばかりにトマトばかりのサラダを机の上に乗せた。 「……父上も母上もそんな命令を出さないと思うが?」  ダニエルの機嫌は悪くなる。  サンドイッチのパンの部分だけを千切って食べる。 「レオンハルト公子のご命令です」  レイブンの言葉に対し、ダニエルは舌打ちをする。 「嫌いなものは食べない。さっさと片付けろ」  ダニエルは偏食だ。  両親は好きなものだけを食べればいいという教育方針だった。  アーデルハイトはダニエルの偏食を心配しているものの、食の細い兄を思い、食べられるものを食べてくれたのならばそれで良いと自分自身を納得させていた。  しかし、レオンハルトだけは違った。  ダニエルが病弱なのは偏食によるものだと考え、何とか食べさせようとする。ダニエルの護衛を任せられているレイブンに食事に関する命令を下したのも、病弱なダニエルのことを大切に思っているからこその行為である。  それはダニエルも理解をしている。  しかし、嫌いなものは嫌いだった。 「坊ちゃまの身体を考えているからこその食事です。召し上がっていただけなければ困ります」  レイブンはフェリクスに視線を向ける。  毒が盛られているという心配もせず、準備をされたものを食べているフェリクスに対し、なにかを期待しているかのような視線だった。 「フェリクス公子」  レイブンはダニエルを説得するのを諦めた。 「坊ちゃまの恋人である貴方にお願いがあります」 「くだらねえことを言うなよ」 「何一つくだらないことはございません。坊ちゃまにサラダを食べさせてください。その代わり、坊ちゃまとは円満な仲であることをレオンハルト公子にご報告いたしましょう」  レイブンの提案に対し、フェリクスの動きが止まった。  ……悩むなよ。  間に割り込み、妨害をしてしまいたくなる衝動を抑える。  ダニエルが下手に口を挟めば、ダニエルにとって悪い方向へと向かって行くことになると知っていた。何度も経験をしてきたことだ。 「レオンハルト公子は坊ちゃまのことが何よりも大切に思われています。その為、坊ちゃまの健康管理を任せられるような相手だと知れば、お二人の仲をお認めになられる可能性も少しは出てくるかもしれません」  レイブンの言葉は明らかに怪しいものだった。  根拠はなさそうだ。  ダニエルに食事をさせる為だけの作り話の可能性も高いだろう。 「ありえねえな」  フェリクスはバカにするように笑った。  それからダニエルの為に用意をされたサラダの器を手に取り、躊躇なくトマトをフォークで刺す。 「このくらいのことで認めるような奴じゃねえだろ」  そう言いつつも、フェリクスはダニエルに視線を向けた。  フォークを刺されたトマトをダニエルの口元に近づける。露骨に嫌そうな顔を浮かべているダニエルに対し、フェリクスは余裕そうな顔をしていた。  ……無駄に良い顔をしてやがる。  このまま口を開ければ、食べさせてもらえるのだろう。  甘えてしまいたい気持ちが沸き上がる。  自尊心が邪魔をするものの、疲れている時は恋人に甘えたくなる。  ……あの赤い物体じゃなければ!  アレルギー反応を引き起こすわけではない。  好んで食べたいと思うような味ではないものの、食べられないわけではない。一口や二口ならば、なんとか飲み込むことはできるだろう。  苦手なのは味や触感ではなく、見た目だった。 「ダニエル」  フェリクスは口を開けるように催促をする。 「齧ってみろよ。後は食べてやるから」 「……約束しろよ」 「わかっている」  フェリクスの言葉に対し、ダニエルは嫌そうな顔をしたまま、一口だけ齧る。  ……不味くはないけど。  トマトの味がする。  採れたてのものを用意したのだろう。瑞々しいのは理解をしているのだが、やはり、得意ではないものを食べさせられたという感情の方が大きいのだろう。  ダニエルは嫌そうな顔をしたまま、なんとか飲み込んだ。  口の中に残るトマトの味を誤魔化すかのように、手にしていたサンドイッチから剥がしとったパンを食べ始める。 「他の野菜は?」 「いらない。フェリクスが食べろよ」 「わかった」  一口だけ齧られたトマトを食べ始めるフェリクスに対し、ダニエルは信じられないものを見るような眼を向けていた。  ……今さら、間接キスとか気にしないか。  照れている顔を期待していたのだが、フェリクスは淡々と食べていた。

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