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07-2.喧嘩するほど仲が良い
「制服しか残ってねえんだけど」
ダニエルは舌打ちをする。
数着は残っているだろうと思い、再び衣裳部屋を探してみたものの、無事だったのは制服だけだ。
……買いに行かせるか。
この状況を止めることができなかったのだろうか。
学院内に潜んでいる部下たちに指示を出し、衣類を調達させる方法がある。
……買えば済む話だよな?
多額の金銭を消費することで解決をする問題である。
フェリクスがそれを理解していないとは考えにくい。
「……フェリクス」
ダニエルはフェリクスを見上げる。
「俺好みの服だろうな」
衣類を調達する方法はある。
ダニエルが思いついた方法をフェリクスが想定していないとは思えなかった。
「頼んであるんだろ」
「よくわかったな」
「子ども扱いするんじゃねえよ。お前の考えることなんて単純なんだよ!」
ダニエルはベッドに座る。
それから足を組み、機嫌の悪そうな顔をしていた。
「独占欲の塊のような奴だな」
見下すかのように言った。
……令嬢たちが話してるようなことを思いつくものだな。
同級生の彼女たちの会話を覚えていたのは偶然である。
婚約者の髪色や目の色等、彼を思わせる衣類や宝石を贈られてきた等と嘘か誠かわからないような言葉を口にしていたのを聞いたことがあった。
独占欲の強いフェリクスの性格を考えれば、ベッセル公爵家で用意された衣類を廃棄し、フェリクスが選んだものに身を包んでほしいと考えていてもおかしくはない。
「そうでもねえよ」
フェリクスはダニエルの隣に座る。
それから愛おしそうにダニエルの手を撫ぜる。
「俺以外の奴らに見られたくねえんだ。それなのに外に出してやってるだけで優しいだろ?」
「歪んでるな」
「知ってる」
フェリクスはダニエルの手を撫ぜるのを止め、露出している足を撫ぜる。触れられているだけなのにもかかわらず、昨日の行為を思い出させるのはなぜだろうか。
「ダニエル」
耳元で名前を囁く。
それだけでダニエルの頬が少しずつ赤くなっていく。
……誘う時の声だ。
欲情しているのか。
それとも、昨日の行為だけでは足りなかったのか。
「赤くなってる。意識してんのかよ?」
「は、はぁ? そんなわけないだろ!」
「誤魔化せてねえぞ」
「調子に乗るな!!」
ダニエルは声を荒げる。
顔を真っ赤にして怒っているのだと主張をしたところで、照れ隠しにしか見えない。フェリクスは機嫌が良いのだろう。そのまま、ダニエルの足を撫ぜていた手をあやしく動かしている。
「触んな!!」
フェリクスの手首を掴み、拒絶する。
それに対し、フェリクスは余裕そうな笑みを浮かべていた。
……バカにしてやがる!
体格差だけではなく、握力でもダニエルはフェリクスに劣っている。
それを補うかのように圧倒的な魔力量を誇っているのだが、恋人に対して全身全霊をもって攻撃をするわけにもいかない。
「笑ってんじゃねえよっ!!」
ダニエルが勝てないのをわかっているからこその余裕の顔をしているのだろう。それを理解してしまったダニエルは全力で抵抗する。
その間もフェリクスの指はダニエルの足を撫ぜたり、軽く爪を立てたりしていた。
「撫ぜられただけで興奮してんのか?」
「興奮してねえよ! バカ!!」
「あっそ。興奮してねえなら触って問題ないよな」
フェリクスの言葉に対し、ダニエルは睨みつける。
……何を言い返しても無駄な気がする。
言葉で勝てた試しがない。
しかし、フェリクスの思い通りになるのは納得がいかない。
「昨日の続きをしようぜ」
フェリクスが口付けをしようとした時だった。
空腹の限界を訴えるかのようにダニエルのお腹が鳴った。元々小食ではあるが、昨日の夜中まで激しく身体を動かしていたことや朝食を食べていないことが原因だろう。自然現象である。
「ぷはっ」
フェリクスは思わず顔を反らして笑ってしまった。
「え、あ、……笑うんじゃねえ!!」
ダニエルはフェリクスの手首を離し、自身の腹部を抱える。
羞恥心からか。頬は真っ赤に染まり、耳まで赤くなってしまっている。
「そうだな。ご飯にしような」
笑いを堪えながらフェリクスは言った。
……最悪だ。
ダニエルが恥ずかしい思いをしていることに気付いているのだろう。フェリクスはダニエルの頭を数回撫ぜてから立ち上がった。
「簡単なものを用意させるからな」
食堂に向かうつもりないようだ。
ズボンを履いていない状態のまま、連れて行かれても困る為、ダニエルはフェリクスの言葉に頷くだけだった。
「今、準備させて――」
「お食事の準備ならば整っています」
フェリクスの言葉に低い声が被せられた。
反射的に声がした天井を見上げると、当然のような顔をしているレイブンが上半身だけを覗かせていた。陰の中を自由自在に行き来する魔法を習得しているレイブンが使う魔法の一つだ。
「……いつからいたんだよ。この男」
フェリクスは露骨なまでに嫌そうな表情を浮かべていた。
それから素早くダニエルの膝の上に布団を被せる。ベッセル公爵家の使用人が相手とはいえ、ダニエルの肌を誰にも見せたくはないのだろう。
「おはようございます。坊ちゃま。フェリクス公子」
レイブンは天井から降りた。
そして、近くに置いてある机の上に軽食を並べていく。
「昨晩はお楽しみになられていたようですね。部下が嘆いておりました」
レイブンの言葉を聞き、ダニエルは反射的に傍にあった枕をレイブンに投げつけた。
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