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07-1.喧嘩するほど仲が良い

「おーい、ダニエル。起きろよ。……動けるかぁ?」  フェリクスの声で目が覚める。  熟睡をしていたのだろう。ダニエルは薄っすらと目を開けたものの、すぐに目を閉じてしまう。  頭の中は起きているのだが、まだ眠りたいという欲に勝てないのだろう。  早々に目が覚め、着替えを済ませたのだろうフェリクスの手がダニエルの髪を優しく撫ぜていた。 「猫みたいだな」  フェリクスの手に擦り寄るような仕草をするダニエルに対し、フェリクスはおかしい生き物を見たかのように笑っていた。 「ダニエル。そろそろ起きろよ。食事にしようぜ?」 「……いらねぇ」 「そう言うなよ。少しは食えるだろ?」 「寝たい」 「一日中、寝てるつもりか?」  フェリクスの言葉に対し、ダニエルは薄っすらと目を開けた。  寝起きの顔は酷く目つきが悪い。気が弱い人が見れば怒鳴られるのではないかと怯えてしまうほどだろう。  ……誰のせいで動けねえと思っているんだ。  文句を口にしようとしたが、思い留まった。  昨夜、行為を強請ったのはダニエルだ。フェリクスを襲うつもりが、いつも通り、受け入れる側になってしまったとはいえ、強請ったことには変わりはない。  ……怠い。  身体が重い。  倦怠感が強く、薄っすらとしか開けていない眼が閉じそうになる。 「まだ朝だろ」 「いや、もう朝は過ぎただろ」 「……時間は?」 「あー……。十二時になるところだな」  フェリクスはダニエルの髪から手を離した。  それからダニエルが包まっていた布団を剥がしとる。 「また倒れたら笑えねえだろ?」  ダニエルは下着しか身に着けていなかった。  昨夜、行為に及んでからすぐに寝てしまったのだろう。  気絶をするように眠っているダニエルに対し、なんとか下着だけは履かせたフェリクスも倒れこむように眠ってしまった。それを思い出したのか、フェリクスは少々気まずそうな表情を浮かべていた。 「うるせえな。俺が倒れる原因の大部分がフェリクスだろうが」  ダニエルは機嫌悪そうに声をあげる。 「欲情してんじゃねえよ、変態野郎」  寝返りを打つ。  大の字に転がったダニエルはフェリクスを見上げる。 「今日はヤらねえからな」  もう一度、寝返りを打つ。  その度に身体中が痛む。なんとかフェリクスが腰かけているベッドの端にまで移動をしたものの、それ以上は動く気力が湧かなかった。 「着替えは?」 「もちろん、準備しておいたぜ。室内着で良いだろ?」 「バカじゃねえの。星影祭はどうするんだよ」 「午前中の式典で終わったから問題ねえよ」 「……フェリクスは出席したのかよ?」 「仮病使って寝てたな」  平然と言い切ったフェリクスから渡された服を受け取る。  倦怠感が残る身体を強引に起こし、ベッドの上に座り、着替え始めるダニエルの姿を眺めているフェリクスに対し、ダニエルはため息を零した。  ……副会長じゃねえのか、こいつ。  月末にまとめて手続きを済ませてしまえば、何とでもなるダニエルの役職とは異なり、星影祭ではそれなりに忙しいはずである。  ……なにか企んでるな。  着替えるのに手間取っているダニエルを手伝うわけでもなく、ただ眺めているだけのフェリクスに対し、色々と思うことがあった。 「バカじゃねえの」  着替え終わってから気づいた。  両腕を伸ばしても指先しかでないほどに袖が長い。座っている限りは問題ないが、歩こうとすればズボンがずり下がってくるだろう。  全体的に服が大きすぎるのだ。  寝ぼけていたからだろうか。フェリクスに見られていることに違和感を抱きつつも、与えられたものに対して確認することもなく身に着けていた。 「俺の服を寄越せよ!」  渡されたのはフェリクスの室内着だった。 「昨日は着てたじゃねえか。よく似合ってるぜ?」 「笑ってんじゃねえよ! あーっ! くそっ! 探してくる!!」  立ち上がることは出来たものの、歩き方がぎこちない。  案の定、歩くたびにズボンが落ちてくる。 「なぁ、ダニエル。そのままでもいいだろ?」 「嫌に決まってんだろ」 「なんでだよ」 「動きづらいんだよ!」 「どうせ動かねえじゃねえか。二度寝するつもりだったんだろ?」 「わかんねえだろ!」  ズボンを抑えながら歩くのが嫌になったのだろうか。  ダニエルは両手を離した。途端に床に落ちたズボンを睨みつけ、そのまま脱ぎ捨てた。 「チッ、縮んじまえ」  後ろで大笑いをしているフェリクスに対し、舌打ちをする。 「笑ってんじゃねえよ!!」  反射的に大きな声を上げたダニエルに対し、フェリクスは面白くて仕方がないと言いたげな笑い声を上げ続けていた。 「屑野郎」  私服が仕舞ってある衣裳部屋の扉を開いた。  大量の箱や袋がある。嫌がらせのように積んである箱には目も向けず、衣裳部屋を見渡した。 「フェリクス。俺の服をどこに隠した!?」  かけられている洋服は制服だけだった。  忌々しいと言いたげな勢いで扉を閉めて、フェリクスが座っているベッドの方向を睨む。 「怒んなよ。衣替えしておいてやったんだぜ? 感謝しろって」 「全部、捨てる奴がいるか!!」 「俺の服は何着か残してあるから問題ねえだろ?」 「バカじゃねえの! 俺の服は!?」 「俺の服を着ればいいじゃねえか。似合ってるぜ?」 「この状態を見てもまだ言うか!!」  大股でフェリクスに近づく。  首元のボタンを閉めていないからだろう。時々、よく服がずり落ちそうになるのを面倒そうに戻しながら、歩く姿は可愛いとはいいがたいものだった。  今にも殴りかかってきそうな顔をしているのが可愛くない要因だろう。  それすらも愛おしそうな顔をして見ているフェリクスに対し、ダニエルの機嫌は急降下していく。

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