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我儘レッスン〜1 2 看病
水分補給ができるスポーツ飲料と、風邪薬、それからあとは何がいるだろうって、薬局の中で慌ててしまった。
それから、それから、お米は、あ…………ったよね? ちょっと前に泊った時、少量のを買ったから、きっとある。そしたら、食事も作ってあげられるし。あぁ! それなら卵がなくっちゃ、って、薬局を散々うろうろしてから、ようやくレジへと向ったのを慌てて引き返して、今度は卵を買い物かごに入れた。
早く行かなくちゃって思いながら。
「……来るなっつっただろ」
訪れると、気だるそうにベッドから起き上がった環さんがとても大きな溜め息をついた。
「イヤですって言いました」
鍵は、預かっていたから勝手に上がらせてもらったんだ。ずっと合鍵を使うのは憚られる気がして、インターホンを鳴らしては、その度に鍵使えって笑われた。けれど。
今使ったら叱られた。
でもそんなのおかまいなしに寝室にもお邪魔した。
「寝ていてください」
ズカズカと入っていくと、布団から出ようとするから急いでそれを止める。その手に触れると異様に熱くて、いつもは力強いのその腕はどこか儚げで、その様子だけでどれだけ具合が悪いのかわかってしまうほど。
「熱、何度なんですか?」
「八度は超えてる」
「……そんなに」
部屋の中は整然といつも通りだったけれど、それはきっと帰ってきてそのまま寝たからなんだと思う。寝室には放るようにスーツが床に落ちていた。
その額に手で触れるとさっき布団から出ようとしたこの人の押さえた時に触れた手と同じように熱かった。汗も少しかいているのかしっとりとしている。
「熱い……」
驚くほどの高熱だって、触れただけでわかってしまうほど。
「汗、拭いますね?」
「……あぁ、悪い」
「少し食べられます? アイスとか。あ、タオル借りますね」
タオルで身体を拭いてあげないと。
「発汗しているから一晩眠れば大丈夫ですよ。待っててください。準備します」
アイスがきっといい。口の中が冷たくなって、少し落ち着けると思うから。それを少しでも食べたら薬を飲んで。
市販のだけれど……効くかな。効いてくれますように。
タオルを引き出しから一枚借りて、お湯で濡らしてから冷めてしまわないように寝室へと急いで向かった。
「拭きますね」
「あぁ、すまない」
いえ、そう小さく返事をして、脱ぐ動作一つにとっても辛そうな彼を手伝い、引き締まった背中を拭っていく。その背中の広さに、逞しさに、少しだけ、ほんの少しだけ――。
「裸に興奮したか?」
「! バカなこと言ってないでください」
見抜かれてしまわないように彼の背後でキュッと唇を噛み締めながら。
「……仕事は?」
「ちゃんと済ませました。そもそも今日は環さんと約束をしていたので」
「あぁ、そうだった。悪い」
「いえ、そんなことないです。ちっとも」
「アイス、今食ったら美味いだろうな」
「それならよかった。高熱で食欲がない時よく食べるんですけど、すごく美味しいんです」
「へぇ」
「着替え手伝いますね」
触れたところ全てが飛び上がりそうになるくらい熱いから、優しく丁寧にタオルで汗を拭った。良くなりますように。火照りが少し楽になりますようにと。
そして頭痛もするようで、身体を動かすだけでも眉をひそめる環さんを支えながら着替えを手伝った。着替えをようやく終えると、少し落ち着いたのは呼吸が穏やかなものに変わる。
「何か食べられそうですか? お薬飲むのに、できたら食べ物を胃に入れてあげたいので」
「あぁ、そうだな。少しスッキリした」
「よかった。じゃあ、おじやを作りますね」
「あぁ」
卵と長ネギ。ネギは冷蔵庫にないだろうって、さっき寄った薬局で薬味用に刻んであったものを買っておいたんだ。それから出汁を入れて。味付けはあまり濃くしないように。でも、少し風味がある方が食べやすいから。
「食器、ちっともない……」
基本的はお皿は揃っているけれど、小さな鍋とかはなくて、仕方がないから大きめの白いボール皿に入れた。それを持ってまた寝室へ。
寝てしまっているかもしれないと思ったけれど、環さんは起きて待っていてくれた。
「できました」
「……あぁ」
「熱いので気をつけてくださいね」
「あぁ」
ふらふらとおぼつかない手で自分を支えて起きあがろうとする彼を手で支えると、わずかだけれど、さっき汗を拭う時よりは体温が落ち着いているように感じた。身じろぐだけでも辛そうにしていたけれど、それも少し和らいだように見える。
「口に合うといいのですが」
ふぅ……と冷ましてから一口を彼の口元へと運んだ。
「……美味いな」
「本当ですか? よかった」
叱れる、かな。
不謹慎だけれど、ちょっとだけ楽しいんだ。
環さんは強くて、かっこよくて、誰もが一度は触れてみたいと思うほど魅力的な男性で。誰もがそう思っている人で。その彼がこんなに弱っている。弱っている自分を見せてくれる。きっと他者にはそうやすやすとは見せてくれない彼の弱いところを、今、僕は。
「食べ終わったら薬飲みましょう」
今、僕は独り占めしているって、とても本当は楽しかったんだ。
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