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第1話
薄暗い部屋。
ソファーに座る男──溝口 千隼 は、目の前に立つ体格のいい男──龍川 絢瀬 に向かい口角を上げて笑ってみせる。
「kneel 」
一言、千隼がそう言うと絢瀬は静かに跪いた。
千隼の爪先が、絢瀬の顎に触れ顔を上げさせた。
「goodboy 」
絢瀬は背中にゾクゾクとした感覚が走るのを覚えて、熱い息を吐いた。
■
2XXX年
性別に関して寛容になった時代。
どういうわけか男女の他に新たな性別──ダイナミクスが生まれた。
sub 、dom 、そしてnormal とswitch 。
subは被支配欲を持つ人、domは支配欲を持つ人、そのどちらにも当てはまらないnormal、逆にどちらともの特徴を持ち合わせている人はswitchと呼称された。
人口の殆どがnormalで、subもdomも希少な存在だった。
subとdomは互いに惹かれる性質だ。そのため出会ってしまえば恋人や番として一生を共に過ごすことが多い。
溝口千隼はdomだった。
幼い頃から支配欲を持っており、そんな自分を他人に見せるのは憚られ隠して生きていた。その生活は辛いものだったが、『変な人間』だと後ろ指を指されて生きるよりはマシだと堪えていた。
だがその生活は突然終わった。
ある日、新しい上司──龍川絢瀬が異動してきた。
絢瀬は学生時代に野球をしていたおかげで、凡そ一般的な男性に比べて体格が良かった。
物腰は柔らかく、丁寧で、口調を荒らげることもしない彼は瞬く間に部署内で人気になった。
顔は整っており、年齢も四十代前半。けれど結婚は愚か恋人も居ないらしい。
その為、初めての飲み会の時彼は大人気で次々と酒を注がれてぐでんぐでんになってしまった。
そんな絢瀬を介抱してやったのが千隼だった。
トイレに連れて行き、気持ちが悪いという絢瀬の背中を摩ってあげる。
「大丈夫ですか?お水貰ってきましょうか?」
「ぅ……」
「龍川さーん」
「は、吐けない……」
「……」
苦しさから涙を目に浮かべる絢瀬。
そこからは色気すらも感じられて、千隼はドキッとして慌てて首を振り邪念を払った。
が、しかし。
「ぅ……溝口君、助けて……」
「……」
そう言って縋ってきた絢瀬に、千隼はdomの本能が抑えられず、無遠慮に絢瀬の口に指を突っ込んだ。
絢瀬は驚いて目を白黒させながら便器に顔を突っ込み嘔吐する。
汚い音がする中、千隼は堪えていた本性が少し顔を覗かせたような気がして怖くなった。けれどそれよりも本能が勝って、絢瀬の背中を擦りながら口角を上げていた。
便器から顔を上げた絢瀬が、うっとりとした様子で千隼を見つめる。
「ぁ、あの、失礼を承知で聞くんだけど」
「はい」
「……君は、dom、なの?」
「はい。」
千隼は肯定して、絢瀬に顔を近づける。
絢瀬は汚いところを見せてしまっているという申し訳なさより、domが見つかった事に歓喜していた。
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