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第1話

薄暗く広い病院の一室 心電図の音だけが響く ベッドには一人の老人 傍らには長身でサングラスをかけた黒スーツの男性が座っていた 医師と看護師もただただ見守るように佇んでいる 「ピッ、ピッ、ピッ、ピーーーーーーーー!」 心電図が先ほどまで波打ってた線が平坦になった 医師が脈をとると 「1時46分…ご臨終です」と告げた 傍らにいた男性が立ち上がり深く頭を下げながら 「ありがとうございました」と一礼し、ベッドの横たわる老人に向き 「オヤジさん…お疲れ様でした」と深く深く頭を下げた 門崎興産会長・門崎信郎 極道としては今時珍しく仁義に厚い組織で 地域に貢献している集団だった それ故に新規に参入してきた他の新興勢力の組織とはトラブルが絶えず そのまとめ役として若頭・神馬愛一郎が暗躍しいていたが 今回、会長が他界したことで均衡を保っていた他の組織とのバランスが危うくなるかもしれない 葬儀は門崎信郎の邸宅で執り行われることとなった 敷地がどれほどあるのかわからないほど広い日本庭園の中に大きな屋敷があった 入院先の病院から門崎の亡骸は一旦会長の部屋へと運ばれ 組員一同が順次最後の別れを告げた 会長に最期の挨拶をした組員は鼻をすすりながら大粒の涙を零し 背を丸め肩を震わせながら敬愛する会長の死に悲しんだ 葬儀の準備が行われ大広間にあれよあれよと祭壇が組まれ 喪主のである若頭である神馬が納棺士に納めてもらった会長の棺を 組員数人で祭壇の中央に置かれた 棺の小さな扉から会長の顔が見える 眠るように穏やかな表情 神馬はジッと眺めて一週間前の会長との会話を思い出していた 病床に就いていた門崎信郎は神馬を呼び出した 「オヤジさん…なにか? 「愛一郎…実はな…俺には娘がいた」 「お嬢さんですか?」 「あぁ…好きな男と駆け落ちして絶縁されたんだけどな…  一人子供がおるらしい」 「…はい」 「探し出そうと思ったら探せるんやけれども  いっぺん遠くから様子を見に行ってなぁ…  幸せそうにしてるのを見て、もう詮索せんとこうと思って  娘はおらんかったと諦めたんだがな…  もう長くは生きられん…  わしの我儘やとわかっとるんやけど…  最期に一目だけでもええ  孫に会ってみたくてなぁ…」 「最期って縁起でもない…オヤジさん」 神馬は寂しそうな表情を見せた 「無理は承知や…生きて会えるとは思てへん  わしの我儘や…我儘」 会長は苦渋の表情で笑った 「若を探してきます」と神馬は立ち上がると 門崎は引き留めた 「愛一郎…わしの我儘や  孫はきっとわしを知らん  無理せんといてくれ」 「はい…わかってます…オヤジさん」 両親に見捨てられ荒くれていた神馬を わが子、わが孫のように可愛がってくれた 門崎には恩がある 自分の身の上の不幸を黙って聞き入れて 血の繋がった家族よりも赤の他人である神馬に誰よりも深い愛情を注いでくれた その恩人に恩返ししたかったのだが…間に合わなかった 神馬は悔しくてたまらなかった 通夜が執り行われ 慌ただしい中、簡単な食事を摂っている時だった 「アニキ…居所がわかりました」軽装の若い男が神馬の耳元に囁いた 「わかった…お前…喪服に着替えろ」 「えっ?…俺、喪服なんて持ってないですよぉ」 「葬儀屋に言って借りろ、今すぐだ」 「え?あ…はい!」 若い男は急いで葬儀屋を探し喪服を借りて一時間ほどで帰ってきた 着なれていないこともあってぶかぶかで 借りたものだというのがよく分かる 「アニキぃ…俺、こういうの学校の制服以来っスすよ」 「これからも着なきゃならないときもある  今回の葬儀が終わった後、買いに行けよ」というと<喪主>と書かれた腕章を手渡された 「ひえ?これは…」 「ちょっと出てくる…留守中の責任者はお前だ…いいな」 「えっ!えぇっ!無理っすよ~!ア…アニキぃ~!」 そういうと神馬は出ていってしまった 腕章を握りしめて若い男は泣きそうな表情で神馬を見送った ーふたみ保育園ー 繁華街の中にある雑居ビルの二階に保育園はあった 24時間体制で子供を預かっている 日中、共働き家庭の子供を預かり 夜間は、母子家庭で夜の街で働く女性の子供を預かる 臨時で一時保育する時もあれば 臨機応変で対応している保育園で 出来うる限り働く親を支援したいと設立された園だった しかし園長は高齢で体調を崩し 代理で片桐護が園の運営を任されている 「片桐先生…よろしいでしょうか?」 園児が就寝した午後9時過ぎに数名の保育士が片桐がいる園長室に入ってきた 「はい…どうぞ…どうかされましたか?」 「あの…また通園を断りたいという親御さんの申し出を受けまして  他にも先月入った昼のシフトの椙山さんが辞めたいと相談があり…」 「またですか…」 「この頃、例のヤクザが…頻繁に園に来るようになって  時間関係なく嫌がらせをするようになってしまったので  私もフォローしきれなくなってしまって」 チーフの山根さんは片桐と苦労を共にしてきた同僚だが 連日の嫌がらせ行為を受けて疲労困憊状態だった というのもビルのオーナーが亡くなってご家族が税金対策でこのビルの所有権を譲渡した先が 新しく組織化された暴力団が経営している不動産業者でなんの予告もなく立ち退きを一方的に迫っているのだった 繁華街の店舗で働くシングルマザーや昼間に会社勤めで共働きの子供さんを 安心して預けて働けるようにと設立した園だったので 廃業させるということは出来なかったし 移転するにも移転先がなかなか見つからない状態だった 「あの人たち…大声を出して園児を驚かせたり  壁を蹴ったり、送り迎えの親御さんに園の悪口を大きな声で叫んだりして卑怯なんです」 「手や足を出して怪我をさせたりしたら警察に介入されることをわかってるんで  手出しせずギリギリの嫌がらせをされるので…もう…腹立たしくて…」 「ホント…殴っていいなら殴りたい!」 保育士たちは我慢の限界にきていた 相当な嫌がらせをじわじわと受けているのだろうとわかる 普段は大人しい人でさえイラつく行為の連続 いつ終わるともわからない日々に耐えきれそうになかった 「皆さん…苦労かけてすみません…  近辺で園を経営できる場所をあたってはいるんですが…なかなか見つからず申し訳ない」 「…片桐先生も園長の代行でいろいろ大変なのは存じ上げております…お忙しいのにすみません」 「いや…早く解決するよう尽力しますので大変ですがよろしくお願いします」 事態の回避 または解決策などが見えれば 不安な要素を取り除くことが出来るのにと片桐は思った 「…長い時間お話を聞いていただいてありがとうございました、業務に戻ります」 とチーフの山根さんがそういうと山根さんたちは園長室を出ていった 就寝中とはいえ保育士も暇を持て余しているわけでなく園児が眠っている間にも様々な業務がある 遊戯室の片づけや園児の様子を親御さんに渡すノートを書いたり 細かい作業も多くあった 園の出入り口前の廊下で整理をしていた保育士が 眼下に見えるビルの前に黒いセダンが停まったのを見つけた 足早に園長室へ向かいドアを叩いた 少し時間がたって片桐がドアを開けると血行を変えた保育士が 「片桐先生…また来ました」と伝えた 「え…こんな時間に?」 時計を見ると0時回っていた 保育士全員に就寝している子供たちと一緒にいるよう指示をして 出入り口の外側に出た 暗い階段から上ってくる足音が聞こえる、そっと近づき下を見た 黒いスーツに長身でサングラスをかけた男が 「深夜に失礼する…お尋ねしたいのだが…」 と最後まで言わせず食い気味で 「立ち退きはしません…お帰りください」 と片桐は強い口調で言い放った 「立ち退き?何の話だ…」 神馬は話が呑み込めなかった 「とぼけるな!どんな嫌がらせを受けても絶対に立ち退かないと言ってるんだ!」 薄緑のラインが入った上下ジャージで薄いピンク色のエプロン 胸には「piyo」と書かれ可愛いとはいい難いひよこの絵がプリントされている その姿で凄まれても…と神馬は思った 「何を勘違いしているかわからないが…片桐護という人物に会いに来ただけだ」 「…え?私に?」 神馬は目の前の片桐をまじまじと見つめた 細身で短髪に丸眼鏡 オヤジさんに似ているかと思ったが優男風だと神馬は思った 互いに噛み合わない会話をしていると感じた時 ズカズカとけたたましい音を立てて階段を昇ってくる音が響いた 「おぅ…えんちょー代理!」 派手な柄のシャツに真っ白なスラックス 頭の悪そうな男はジャラジャラと見せつけるように金のネックレスを揺らし、 金のブレスレットをブラブラ振って 左手をポケットに突っこんだまま背中を少し丸めた風体で片桐に声をかけた 後ろに白いシャツに黒ズボンの地味な男を引き連れて 如何にも自分が強くて凄いとアピールするかのような振る舞いだった 「立ち退きの話…納得してもらわれへんでしょーかぁ!」とニヤニヤ笑いながら言い寄る 眉をひそめてチンピラを見つめる片桐を見て 先ほどの言動はこれが原因かと神馬は察した 「悪いが…俺が先約なんだが…」と神馬は話に割り込んだ 「はぁ~!?どこのどちらさんですかぁ?  うちの話が重要なんですけどぉ~!」 「…そうか…お前、どこのもんだ…」 神馬はずいっとチンピラに近づいた すると背後にいた男が「ちょっ!待て!」というか言わぬかでチンピラが神馬に殴りかかろうと大きく振りかぶったが 神馬は大きく屈み込んでパンチをかわして腹部に跳ね上がるように体を伸ばし抉るように殴打した 「ぐはぁ!」 壁に飛んでいくチンピラと駆け寄る同行者の男 「お…おい!大丈夫か?」 「く…くそぅ…あんのやろう…」と痛みで顔を歪ませたまま立ち上がろうとするが同行者が止めた 「ば…ばか!門崎興産の神馬さんだ!」 「かんざきこうさんのじんば…?!」 「神馬さんだよ!神馬さん…ここで揉めちゃだめだ!まずい!社長に叱られるぞ!」 「へっ?!社長にぃ!!!」 さっきまでの勢いとは態度が急変して二人は土下座をして 「大変失礼いたしました!」と大声で謝罪した 「どこのもんかだけ教えてもらおうか?」 静かな声だが高圧的な口調で質問するが「そ…それだけは!ホンマ勘弁してください!!!」 と足をもつらせながら「し…失礼します!」と逃げるように帰っていった 「どこのもんか…調べたらすぐわかるけどな…」と神馬は呟いた 「さて…片桐さん」と神馬は片桐の方へと向きを変えて話し始めた 「貴方にお願いがあって伺いました…」 「申し訳ありませんが…今見たように  さっきのような連中が時間関係なく嫌がらせで園にやってくるので  なんのお話かわかりませんが聞ける状況ではないんです」 「では…この園をお守りできるのであれば  お願いを聞いていただけるということですね」 「え?…いや…そういう…」 と言っているうちに神馬はスマホを手にして どこかに連絡をしている 「…神馬だ  ○○区××にある<ふたみ保育園>に二人ほど連れて来てくれ」 とだけ言うと「これから来る連中がこちらの保育園をお守りしますので…安心してください」 と言ったが…神馬の風体からしてヤクザがやってくると思った 片桐の思いに反してやってきたのはイケメンホストだった 「うちが経営しているホストクラブのメンバーです」 と神馬が言うと「よろしくお願いします!」と礼儀正しくもあり爽やかな雰囲気で挨拶してきた 「よ…よろしくお願いします…」 片桐を心配して園内から窓越しに様子を見ていた他の保育士がざわめいていた 保育士に気づいたホスト達は視線を合わせて軽くウィンクをした 小さく「きゃっ!」と奇声をあげる イケメン軍団に骨抜きにされた同僚たちを苦笑いで片桐は見つめていた 「彼らは武道の有段者でもあるので…どんな奴が来ようが大丈夫です  安心していただけましたか?」 「あ…はい…」 「では…お話を聞いていただけますね?」 「はい…」渋々小さな声で返事をする 「時間が無いので…一緒に来ていただけませんか?」 「一緒に?」 「はい…車中でお話しします」 「話は聞くとは言いましたが、どこかへ行くとは聞いてません!」 「時間が無いので端的に申し上げると  とある方に一度きりでいいので会っていただきたいのです」 「とある方?」 「詳しい話は道中で…  決して貴方にも園にもご迷惑をおかけいたしませんので…」 嫌がらせをしてきた輩を追い返し 保育士の補佐をしてくれる人たちも呼び出してくれて 何より、真摯なまなざしで話してくる神馬を信じることにした

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