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第2話

「僕の…祖父?」 神馬の車に乗って早々 片桐は耳を疑った というのも片桐は両親から祖父どころか親戚もなにもないと言い聞かされ 父も母も身寄りがない者同士が一緒になったのだと思っていた 両親は共に人当たりがよく 父は住宅設備関連の設置や販売の下請けをしていた 母は父の仕事の経理を手伝いながら家事も育児も全てこなしていた 長期の休みは両親が旅行でも日帰りでもいろんなところへ連れて行ってくれたので 休み明けにクラスメイトが親の故郷に行った話などを聞くことがあっても 寂しいとか羨ましいとか思うことはなかった それぐらい片桐の両親はわが子を大事にしていた そんな優しい両親も3年前立て続けに病気で亡くなり片桐は天涯孤独の身となった しかしそこへ自分に祖父がいるという話は衝撃以外のなにものでもなかった 「…何かの間違いだ…僕には身寄りは絶対にいないと聞いている」 「貴方のお母さんである会長のお嬢さんが好きになった男性が堅気の方で  どうしても一緒になりたいから絶縁してほしいと言われたそうです」 「会長のお嬢さんが…僕の母?」 「早くに奥様がお亡くなりになって一人娘であるお嬢さんを  大変可愛がっていらしたそうなんですが  婿を取らせることも考えてらしたんですが…ほぼ家出同然で結婚されたそうです」 神馬は車の運転をしながら助手席の片桐の様子を見ていた 少し俯いて一点を見つめて茫然としている 「門崎麗華様とおっしゃいます…」 名前を聞いて顔を上げたかと思った瞬間 神馬に顔を向けた 「麗華…」 「会長は麗華様のご結婚後の状況を逐一調べて報告させていたらしいのですが  ある日、そのことがバレてしまい…結婚相手の方の仕事に不利益が出るから  付きまとわないようにとおっしゃられて、以後、会長は一切詮索も介入もしなくなったそうです」 「その会長さんが今になって…どうして?」 「先週、会長に一目でいいから孫に会いたいとおっしゃったんです」 「僕に?」 「会長は癌を患っておられて…長く闘病生活をされていました  もう…自分は長くないと感じられたのでしょう  後悔したくないという思いで孫に一目会いたいと…」 どんな祖父だったのか片桐には分らない 極道なんて…テレビや映画で知るくらいの世界で 詳しいことは皆目見当のつかない 「そうですか…  でも…僕は何も…」 「会長は、もう他界しております…  最期のお別れをお願いしたいだけです」 「え?」 繁華街からビル街、住宅街へと車窓の景色が変わり 数分後に豪華な日本家屋が見えてきた 大きな門の前に「故・門崎信郎」と書かれた看板があり 門前に神馬の車が停まった瞬間 ばらついて立っていた黒いスーツ姿の男たちが走り寄ってきて 車から玄関までの十数メートルの距離を左右にびっちり整列し 深くお辞儀をしたまま動かない 神馬が車から降りてきた時 一斉に「お疲れ様です!」の声が響いた 助手席側の扉を神馬が開けると…深くお辞儀をしたまま組員に横目でチラ見された ひょろっとした短髪で丸眼鏡の青年 急場しのぎとはいえ神馬の背広を羽織っているだけなので 前を隠していても円のピンクのジャージは隠し切れない …片桐は申し訳ない表情で背を丸めて車から降りた 組員たちが小声で各々話している 「誰だ喋ってるやつは…」と神馬が静かなトーンで言うと 囁き声はピタッと静まり視線も下へ移し 神馬も片桐も一切見ずにお辞儀したままだった 神馬が玄関へ進み片桐を案内する 大広間に立派な花祭壇が設置されて 棺と写真が置かれていた 神馬に導かれて祭壇で焼香をし合掌する片桐 棺の小窓を開けて故人の顔を見ながら再び合掌 家族以外の存在がいるとは知らず生まれて初めて会った棺の中に目をやり 孫に会いたいと願って会えずじまいでこの世を去り 微笑むような穏やかな表情で静かに眠っている人物を見つめた 静寂の中 片桐は棺の中の人物に向かって手を合わせた 「ア…アニキィ~!」 袖に<喪主>と書かれた腕章をつけた ぶかぶかの喪服を着た青年が神馬に駆け寄ってきた 「アニキがいなくて…いろいろ大変だったんですよぉ!」 「すまなかったな…」 「アニキはどこだといろんな人に詰め寄られて…返答に困ってたんスよ  戻ってきてくれてよかったっスよぉ!」 「おぅ…そうかそうか…ご苦労だったなイツキ」 イツキは、ふと片桐の方に向き 「若っすね!はじめまして…イツキと言います」と元気よく挨拶した 「わ…若?」 「お…おい…イツキ…」 「会長のお孫さんでしょ?…だったら若じゃないですか!」 少し声高に響くようにイツキが言ってしまったことで 周囲の人間が場違いな服装でやってきた青年が会長の孫だと知られてしまった 「あ…あれ?  俺…まずいこと言っちゃいました?」 「それ以上喋るな…」 「す…すいません」 イツキは頭を掻きながら申し訳なさそうに片桐と神馬に会釈した ---------------------------------------------------- 離れの一室 「なに?…会長の孫が来ているだと…」 片桐の弔問を知った大熊という男 彼は門崎興業の古参の構成員で会長からの信頼も厚かったが 神馬が現れてからは神馬の補佐のように扱われ自分は格下に扱われていると感じ 神馬のことを良くは思っていなかった 会長が亡くなった今 自分が会長の跡目を継ぐつもりで神馬の失脚を企てているのが 孫の弔問を知って驚いている かつて麗華と結ばれるのではないかと信じていたが叶わず 絶縁後も追跡し続けて会長に逐一報告していたのがこの大熊であり 追跡がバレて会長から追うことを止められたのに 神馬がなぜ会長の孫を連れてきたのか謎だった 足早に霊前にいる神馬と片桐のところへとやってきた 「失礼します…」 スリーピースのスーツがはち切れんばかりの大柄の大熊は 背を丸め頭を下げて神馬と片桐に挨拶した 「大熊さん…お疲れ様です」 神馬も同じように頭を下げて丁寧に挨拶し そばにいた片桐も慌てて頭を下げて挨拶した 「こちらの方は…?」と大熊が片桐に視線だけ投げかけて神馬を見つめる 「片桐護さんです」 「か…片桐です…はじめまして」 片桐は大熊に圧倒された 今までいろんな人と会ってはいたが 異種的な感覚の人物は初めてだった

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