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旅役者の男の子③

「おおきに。でも俺、帰ったらすぐ舞台やから、街を案内してもらえる時間はないねん。キミの家は浅草なん?」 「ううん、うちは浅草橋。逆方向だよ」 「そんなら送ってもらう訳にいかんわ。申し訳なさすぎるやろ」 「えー平気だよぉ。それより私の名前、ちゃんと覚えて欲しいな。あのね、遠藤理沙っていうの」  遠藤は鼻にかかる声で媚びるように、清虎の肩にかかっている鞄に手を添えた。上目使いでじっと見つめたまま、ふいにゆっくりと瞬きをする。  その様子を通りすがりに見た陸は、他人事ながら粘り気のようなものに絡めとられそうでゾッとした。こんな時、役者(きよとら)はどう対応するのだろうと、気付かれないようにその横顔を盗み見る。      彼は少しも気後れすることなく、静かに微笑んでいた。 「そんならバス停まで連れてってや。それでもう充分。ほな、いこか」  歩き出すと同時に、鞄にかかる手を自然に振りほどく。陸が気持ち悪いとさえ思ったあざとい擦り寄りを、清虎は軽くあしらった。廊下を歩く二人の背中を、陸はぽかんと口を開けたまま見送る。 「陸、帰るよ」 「あっ、待って」  哲治の呼び声に我に返り、慌てて後を追う。 「ねえ哲治、遠藤さんと清虎のやり取り見た? なんか、清虎が一枚上手だったね」 「そりゃあの容姿だから、慣れてるんだろ、ああいうの。それよりお前、もう『清虎』って呼んでるの?」 「なるほどねぇ。あ、清虎本人とはまだしゃべってないよ。でも自己紹介の時、そう呼んで欲しいって言ってたじゃん」  そうだけどさ、と呆れたように哲治が息を吐く。埃っぽい昇降口から外に出ると、陸は眩しそうに真昼の太陽に手をかざした。九月とは言え、まだまだ日差しは強い。

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