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*第三話* よそ者

「何でかなぁ。陸と一緒だと、ほんっと調子狂う。俺さぁ、関東にいるときは関西弁で喋って、地方にいるときは標準語で喋ってんだよね」 「何でそんな面倒なことしてんの?」  わざわざそんなことをする理由が陸の中では見つからず、不可解な面持ちで尋ねる。清虎は「だって」と言った後、笑った。 「その方が、よそ者って感じがするでしょ?」 「よそ者……」 「どうせ一ヵ月でいなくなる人間だし。馴染めないまま消えるんだから、思い切り異端な方がいい」  平日でもにぎわう通りで、清虎は前を向いて歩き出した。なんだかそのまま人波に消えてしまいそうで、陸は慌ててその後を追う。 「それにさ、関西弁も標準語も、どっちも完璧じゃないんだ。本家に聞かれたら笑われちゃう。だから、ここでは関西弁喋って誤魔化してんの」  言われてみれば確かに、清虎は標準語で話していても、京訛りの様なイントネーションが微かに混ざっていた。 「結局、どこの地方の人間にもなれないんだよね……なんちゃって」  深刻になるのを避けるためか、清虎は語尾を明るく茶化す。  陸は清虎を慰めたり励ましたりした方が良いのか迷った。何か言いたいのだが、地元のある陸にはかける言葉が見つからない。せめて清虎の中にある寂しそうな気配を追い出してやりたくて、正解なんてわからないまま、陸は清虎の背中を思い切り叩いた。 「痛い痛い。なんやねん、もー。しかし、あれやな、浅草の人は懐っこいな。俺、毎回転入の自己紹介あぁすんねんけど、あんなに盛り上げてくれたんはあのクラスが初めてや。あと、初日から『清虎』って呼んでくれたんも、陸が初めて」  背中をさする清虎は嬉しそうに見えた。ただ、関西弁に戻ってしまったことで、陸は自分との間に線を引かれたような気分になる。 「だからバスの中で名前を呼んだ時、直ぐに返事しなかったんだね」 「なんや、ぼーっとしてそうなのに案外鋭いとこあるんやなぁ。気付いとったんか」 「さっきから天然だとかぼーっとしてそうだとか、俺ってそんなに頼りない感じする?」 「まぁ、可愛いってことや。許したって」  男に向かって『可愛い』は褒め言葉じゃないだろうと不満げな表情を浮かべたが、元はと言えば自分が蒔いた種だと思い直して口をつぐんだ。  やがて大衆劇場の提灯とのぼりが見えてくると、清虎の中から学生らしい幼さが一瞬で消え、戦場へ向かう武者のような鋭い光が目に宿った。 「じゃあな、陸。案内してくれてありがとう」  振り返りもせず劇場の裏手へ続く細い道に入った背中を見て、陸の中で急に立ち去りがたい感情が沸き上がった。  線を引かれてしまったが、飛び越えることは出来ないだろうか。謎めいた彼に、もう少しだけでいいから近づきたい。

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