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メーデー⑤
「ほなね」
その目があまりにも寂しそうで、自分への特別な想いがあるのではないかと勘違いしてしまいそうになる。
陸は思わず立ち上がり、清虎に向かって手を伸ばした。自分の指先を見つめながら、この手をどうするつもりだったのだろうと考える。
清虎を捕まえたいのか。
それとも「さようなら」と手を振りたいのか。
答えを見つけられないうちに、哲治に反対側の腕を掴まれ引き戻された。ガクンと陸の体が後ろに傾き、それを見た清虎が目を伏せる。
「陸も哲治も元気でな」
言いながら視線を上げた清虎の表情には、憂いの影など微塵もなかった。
それは役者としての意地なのか、完璧なまでの笑顔を見せ、夜の闇の中へ消えていく。ピシャリと引き戸が締められて、取り残された陸は立ち尽くした。少し冷えた外気と共に、ふわりと金木犀が香る。
「飲み直そうか」
哲治がため息交じりに言ったが、とてもそんな気分にはなれなかった。テーブルに手を付き、膝から崩れ落ちそうな体をなんとか支える。
「ちょっと、飲む気分じゃないかな。俺もそろそろ帰るよ」
財布を取り出そうとした陸の背後から、哲治の両腕が伸びてきた。あっと気づいたときにはもう遅く、陸は哲治の腕の中に囚われ、身動きが出来なくなる。
「そんなに急いで帰ることはないだろ。もっとゆっくりしていけばいい。それとも清虎と外で落ち合う約束でもしたの? 俺の知らないところで」
「哲治?」
何とか首を捻り後ろを見ると、こちらを覗き込む哲治と目が合った。
その瞬間、背中がぞくりと冷える。
それはまるで捕食者の目だ。
「陸。家を出たいなら、俺と一緒に住もう。陸はもう外へ出なくて良いよ。仕事も辞めればいい。全部俺が面倒見てあげるから」
陸の中にある動物的な本能が、危険だと全身に警告を送る。
油断した。
哲治は陸の引っ越しに、少しも納得などしていなかった。清虎が先に帰るのを静かに待ち、ずっと二人きりになる機会を伺っていたのだ。
――今なら叫べば、まだ清虎に届くだろうか。
「清虎っ!」
引き戸に向かって声を張り上げたが、直ぐに口を塞がれた。苦しくて顔を歪めながらも、テーブルの上にあったジョッキを陸は薙ぎ払って床に落とす。
バリンと派手な音を立ててジョッキが砕け散った。
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