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終わらない旅②
十月最後の日の朝。
良く晴れた空の下を、二人は劇場に向かって歩いていた。
「本当に忘れ物はない?」
スーツケースを転がす清虎に向かって、陸は最終確認をする。
「大丈夫やで。そもそも忘れるほど荷物もないしな」
清虎の口数が少なく機嫌が悪そうに見えるのは、寝起きだからか、それとも別れが寂しいからか。あるいは、両方かもしれないなぁと、陸は清虎の横顔を眺めた。
「鷹雄 さん、おはようございます」
劇場の裏手で清虎の祖父の姿を見つけ、陸は頭を下げる。
「ああ、二人ともおはようさん。なんだ清虎、仏頂面して」
「別に。いっつもこんな顔やろ」
清虎は素っ気なく答え、階段の下にスーツケースを置いた。
「トラックはもう来んの?」
「ああ、八時には到着する予定だよ。しかし、あれだねぇ。こうしてると前回の時を思い出すね。あん時ァ清虎が泣いて泣いて大変だった。移動中ずっと泣き続けたもんだから目が腫れちまってさァ。舞台に穴開けたのは、後にも先にもあの日だけだったな」
「前回?」
陸が驚いて問い返す。それはつまり、運動会の日のことだろうか。
「じぃちゃん余計なこと言うなや。陸、聞かんでええで」
顔を真っ赤にさせた清虎が陸の耳を塞いだ。鷹雄は「ハイハイ」と清虎の文句を聞き流し、劇場の中に消えていく。
「そんなことがあったんだ。……ごめん」
「もうええねん。いつの話しとんねんな。今回はちゃんと陸に見送って貰えるんやから、全然平気やで。二度と会えんわけでもないしな。ほら、さっさと上から荷物降ろしてまお。手伝ってや」
清虎が外階段に足を掛けたところで「あれぇ?」と上から茶々を入れるような声がした。見上げると、清虎によく似た男性が段ボールを抱えて笑っている。
「その感じだと、まだ清虎は知らなそうだね」
「なんやねん、兄貴まで。俺が何を知らん言うねんな」
憤慨する清虎の後ろから、陸がぺこりと頭を下げた。
「獅凰 さん、おはようございます」
「うん。おはよう、新人さん」
「新人? 誰が」
清虎がキョトンとしている姿を可笑しそうに見ながら、獅凰が階段を降りてくる。
「お前の後ろにいる、その子だよ。今日からウチの団員だ」
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