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第65話
ルネット家の屋敷に来た時、アンリは九歳だった。まだ少年だというのに、ひねくれ者で生意気で、可愛くない子どもだった。
あの日、前日から降り続いていた細かな雨が、屋敷についた途端、からっと上がったことをよく覚えている。
前にいた屋敷は、母と共に追い出されてしまった。詳しい理由は知らない。それでも、幼心に、自分のせいだとは分かっていた。
アンリが、男体のオメガだったからだ。
貴族の家に生まれた者の運命は、生まれた時から決まっている。
長子のアルファであれば家を継ぐ。それ以外の子どもは皆、家同士をつなぐパイプ役に過ぎなかった。
長子以降のアルファであれば、逞しく屈強に育ち、オメガしか生まれなかった家に縁づく。オメガであれば、柔らかく美しく、抱き心地が良いとアルファに喜んでもらえるように育った者から、他の貴族のアルファのもとへと嫁いでいく。
そんな価値観のまま、百年、百数十年と固定され続けた家計ほど、男体のアルファと女体のオメガばかりを求めるのだった。
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