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第138話

 そのまま、彼の唇と自分の唇を重ねる。渇いていたそれが、しっとりと満たされていく。  彼が寝ているのをいいことに、何度も啄むようなキスをした。  何回もそんなことをしていたら、さすがに目も覚めるだろう。ようやく目を開けた彼は、驚いた顔をしている。 「あ、起きた」 「君は、いったい、何を……」 「キス。したかったからした。駄目だった?」  さらに驚いたらしく、彼はベッドから派手に落下していった。アンリとしては、もう意地を張る必要もないと悟ったので、彼のように自分の気持ちを素直に口にするよう努めただけなのだが。 「今日出発するんでしょ。怪我しないで」 「し、心臓に悪い……」  ばくばくと脈打っているであろう胸を押さえながら、彼は「何故急に……」と理由を訊きたそうだった。 「誰かさんが、俺を長時間かけて口説いてくれた、そのお返し」  幸い、「お返し」をする時間と機会は、これからもたくさんある。何しろ、二人でずっと旅をしていくのだから。 「俺にも口説かせてよ。あんたが恥ずかしくなるくらい」 「……これは、何度惚れ直すか分からないな」  嬉しそうに、彼は笑う。  次の行先は南にしようと、二人で決めた。砂漠と緑と湖が共存している、不思議な場所があるのだという。その話をレオンから聞いた時、アンリは好奇心から「見たい」と言った。そうして行先は決まった。理由なんて、それだけでよかった。  彼が絵を描いている間、俺は何をしよう。その土地の植物を調べるでもいいし、その土地のケーキを買ったり、料理人に作り方を習ったりしてもいい。  二人の瞳は今、広がっていく未来へと向けられていた。

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