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魔王の事情

 矮小で愚かそのもの。取るに足らぬと仮定した魔族の思考は正しいと言い切れるだろう。放っておいても自滅する存在なのだ。それを命がけで救い続けたキースの結末に笑いが止まらなくなる。 「ほらみろ、貴様は愚かだ」  キースは城を出て、一人無人島にたどりついた。 「さすがの貴様も人間の醜さに気付いたか」  それならば、側に置いてやってもいい。魔王の右手となるだけの力は持っているのだ。共にあれば、人間の世界を手にするなど、容易いことに思える。  けれど。  魔王の中に流れてくるキースの思考は、一向に人間に憎悪を抱かない。毒を盛られ、暗殺されかけて尚。  ――馬鹿なのか。  そうに違いない、と魔王は苛立ちを隠せなくなる。そもそも人間の分際でこの自分に立ち向かってくる時点で馬鹿なのは分かっていたが、こうも馬鹿だとは思いもしなかった。むしろ人間の中では唯一、認めざるを得ない存在だと――忌々しくも――思っていたというのに。  キースから流れてくる感情は、ひたすらに淡々と事実を見つめているそれだけだ。 「キース、やはり、俺がこの手で殺してやる!」  吠えながら白い空間を踏みしめた時、だった。  生温いと思っていた身を包むキースの魔法力が、ぞっとする冷たさに変わる。同時に流れ込んできたキースの感情は、とてつもない絶望だった。守ろうとした人間に裏切られた時ですら、こんな絶望はなかったが、と目を細める魔王に、キースの感情が流れ込む。 『一目、会いたかっただけなんですが――魔王』  瞬間、魔王は声をあげて笑った。  清廉で潔白で純粋で、けれど魔王を打ち砕く程の強さを持った唯一の人間だったはずのキースが、人間の敵である魔王に会いたがっている。それは最早人間ですらなくなってしまったということではないか。 「残念だ、キース」  それ程にまで会いたいというのならば、この空間をどうにかすればいい。魔王は目を閉じ、キースを想う。会ってやろうではないか。そして、望み通り、人間を滅ぼしたら、その後で引き裂いて食らってやろう。  身を包むキースの魔法力が強くなる。  何も感じなかった肌に、まとわりつく風を感じる、波の音が聞こえる。そっと目を開くと、キースが黒い瞳で魔王を見つめていた。

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