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魔王の事情
◆
キースは奇妙だった。
「ここで暮らしてるんですよ」
そんなことを言いながら連れてこられたのは、洞窟だった。何故こんな暮らしをしているのかは、封印空間で流れ込んできたキースの思考を覚えているから、分かっている。
「隠居です」
そんなことを言いながら、キースはよく笑った。
キースの説明によると、魔王は未だキースの封印の中にいて、キースの魔法力が無くなれば完全に灰に戻るということだった。その言葉通り、確かに魔力の無い体は腹立たしい程に無力だ。
しばらく様子をうかがっていた魔王だが、キースは常に全身の力を抜き殺気すら抱えず、まるで普通の人間のようだった。
「貴様、何を企んでいる。俺をどうするつもりで目覚めさせた?」
「貴方に会いたかっただけです」
本当に、一体何のつもりなのだと思う。
――俺を誰だか分かっているのか?
こんな笑みを向けられたことはない。当然だ、命のやりとりをして来た相手だ。自分の全てを否定した男だ。それはお互いにそうだったはずだ。それなのに、今のキースは魔王の寝床の心配などをしている。
「私的には枯れ草のベッドでも大丈夫だったんですけどね」
本当にこれはキースなのか。
「この草はどうです? 柔らかそうですけど」
洞窟前に生えている草を刈ってきて魔王に見せるキースは、まるで知らない人間のようで、魔王を動揺させた。
――今なら一ひねりで殺せそうだ。
草を差し出すその腕を掴んで力を加えると、キースの表情が途端に変わる。軟弱な笑みをたたえていた目に炎が灯り魔王を睨み据え、へし折れそうだった腕が鋼の強さに変わった。人間のくせに魔王を恐れず本気で打ち倒さんとする他の人間とは唯一違う、キースそのものな顔に触れると、安堵してしまうのは何故だろう。
「――やはり貴様は貴様だな、キース」
「……貴方は貴方には成れませんよ。貴方は私の手の内にある」
「貴様を殺せばいい」
「殺せない。私を殺せば貴方に供給される魔法力が途絶え、貴方も死にますから」
それは困る。魔王はキースの腕を離した。キースの魔法力を魔力に変換する、もしくは魔法力を使いこなせるようになるまではしばらくかかりそうだった。
それまでは、この奇妙な時間を耐えるより他にないのだろう。
――忌々しい。
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