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勇者の限界

 魔王はキースが何かをしたと責めるが、同じことを言い返したい。魔王の唾液には媚薬が入っているのではないかと思う。そうでなければ、こうまで欲情するはずがない。舌が解放されたことが物足りなくて、自ら魔王の舌を吸うなどということを、己がするはずがないのだ。 「っ、キース」  獣のように唸った魔王に喉をあまがみされて、背中から跳ねた。 「ぁっ」 「そうやって、貴様が煽るのだろうがっ」  魔王が苦しげに眉を顰め、キースを呼ぶ掠れた声に、身体が熱くなった。  ――私はどうかしている。  もう、認めるしかない。どうかしている、どうかしているのだ。魔王に欲情している。銀の髪を引いて怯んだ魔王の顎に噛みつくと、たまらなくて震えた。 「キースっ」  この声が、人間の名を呼ぶのは自分だけだということを不意に思い出す。何故今思い出すのかと思ったが、その優越感は情欲と混ざり合ってキースを高めた。もっと名を呼ばれたくて、初めて自ら魔王の唇を塞いだ。  冷たい感触なのに、どうしてこうも甘いのか。  絡めた舌が冷たいのに、熱く感じてしまうのは何故なのか。  ――どうかしている、どうかしている。  自分から仕掛けたのに首を振って魔王から逃れ、のしかかってくる魔王を蹴り飛ばそうとしたが、魔王がそれを許さない。 「貴様っ――……もう、抱き殺してやろうか」  物騒なことを言う魔王に、キースはもう限界だと思った。渾身の力で魔王を蹴り飛ばすと、そのまま洞窟の外まで駆ける。 「どうかしている」  口にすることで少し冷静になれた。  ――さっき、私は、望まなかったか。  魔王が言った言葉通りのことを、即ち――。  もう限界だと思った。このままでは危険すぎる。魔王は消さねばならない。今のキースでは力不足だろうが相打ちで構わない。たとえ死んだとしてもこのまま「堕ちる」よりは随分ましだ。    そこまで考えた瞬間だった。  強大な魔法力の存在を感じて、キースは後ろを振り返る。  懐かしく、畏ろしく、美しい。   師匠であり仲間であり、友人でもある魔法使いが、憮然としたままでキースを見つめていた。

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