67 / 181
勇者の限界
魔王はキースが何かをしたと責めるが、同じことを言い返したい。魔王の唾液には媚薬が入っているのではないかと思う。そうでなければ、こうまで欲情するはずがない。舌が解放されたことが物足りなくて、自ら魔王の舌を吸うなどということを、己がするはずがないのだ。
「っ、キース」
獣のように唸った魔王に喉をあまがみされて、背中から跳ねた。
「ぁっ」
「そうやって、貴様が煽るのだろうがっ」
魔王が苦しげに眉を顰め、キースを呼ぶ掠れた声に、身体が熱くなった。
――私はどうかしている。
もう、認めるしかない。どうかしている、どうかしているのだ。魔王に欲情している。銀の髪を引いて怯んだ魔王の顎に噛みつくと、たまらなくて震えた。
「キースっ」
この声が、人間の名を呼ぶのは自分だけだということを不意に思い出す。何故今思い出すのかと思ったが、その優越感は情欲と混ざり合ってキースを高めた。もっと名を呼ばれたくて、初めて自ら魔王の唇を塞いだ。
冷たい感触なのに、どうしてこうも甘いのか。
絡めた舌が冷たいのに、熱く感じてしまうのは何故なのか。
――どうかしている、どうかしている。
自分から仕掛けたのに首を振って魔王から逃れ、のしかかってくる魔王を蹴り飛ばそうとしたが、魔王がそれを許さない。
「貴様っ――……もう、抱き殺してやろうか」
物騒なことを言う魔王に、キースはもう限界だと思った。渾身の力で魔王を蹴り飛ばすと、そのまま洞窟の外まで駆ける。
「どうかしている」
口にすることで少し冷静になれた。
――さっき、私は、望まなかったか。
魔王が言った言葉通りのことを、即ち――。
もう限界だと思った。このままでは危険すぎる。魔王は消さねばならない。今のキースでは力不足だろうが相打ちで構わない。たとえ死んだとしてもこのまま「堕ちる」よりは随分ましだ。
そこまで考えた瞬間だった。
強大な魔法力の存在を感じて、キースは後ろを振り返る。
懐かしく、畏ろしく、美しい。
師匠であり仲間であり、友人でもある魔法使いが、憮然としたままでキースを見つめていた。
ともだちにシェアしよう!