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魔王でなく勇者でなく
「キース! 俺は貴様にこんな風に救われるつもりはない」
魔王の叫びと共に、肩に手が添えられそこが熱くなる。魔法力の流れなのだと知った時には遠のきかけていた意識が少し戻ってきた。
炎に押されるキースの体を支えながら魔王がその魔法力をキースに流し込んでいるのだと思った。そんなことをいつから出来るようになったのだろう。
「まったく、私は、貴方のことをまるで、知らない」
「俺を殺すのだろう? こんな所で死ぬつもりか」
炎の向こう側、マリーの悲鳴にも似た怒号が聞こえる。
「もう知らん! 魔王もろとも、ここで果ててしまえ!」
母代わりだと言ってくれた師匠にこんなことを言わせてしまった。マリーがどんな気持ちでそう言ったのかを思うと申し訳なさと情けなさでいっぱいになるが、もう引き返せない。この炎はマリーでなければ消せない。
「キース、氷の呪文を教えろ」
「精霊との契約が無ければ、無理ですよ」
「構わん」
どうせ死ぬのなら、魔王の好きにさせるかとキースは呪文を唱える。魔王がそれを復唱し、その手に冷気がこもる。魔法など、使えるはずがない魔王の手にだ。
「何故!」
「アレに契約を教わった」
魔王がアレと呼ぶのは、ワグだ。いつの間にと思ったが、今はそれを考える暇すらない。魔王の呼びだした冷気はわずかだったが、その冷たさがキースに微かな欲を思い出させた。
――もう少し、時間が欲しい。
魔王と過ごす、なんでもない無人島の時間が、もう少し。
「全力をください」
「なんとかしろよ」
魔王はキースの肩から手を放し、目の前の炎を支えた。咆哮が響く。キースは全身の魔法力で氷を呼ぶ。魔王の手が焼けるのが見える。キースの体も、ちりちりと煙をあげている。
――まだ、死にたくない!
無尽蔵にかき集められるだけの魔法力をかき集め、キースは氷の呪文を唱えた。
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