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魔王でなく勇者でなく
辺りの木々が凍っていく。
目の前の炎が断末魔のような音をたてて、散り消えた。
起ち上る蒸気の向こうに、マリーの苦い顔が見えた。それを確認すると同じに、魔王が地面に倒れ伏した。体が焼けていないことを確認して、キースもその上に倒れ込む。
火は消えた。魔王がまだ死んでいないことをもう一度確認して、キースはそっと微笑む。
じゃり、と凍った土を踏みしめる音に顔をあげると、マリーが悲しげにキースを見下ろしていた。
「す、みません」
喉も焼けたのか、声を出すのもようようだった。
マリーはそっと手を伸ばしかけ、思い詰めたようにその腕を引く。
「回復は、しない」
そっと頷くキースにマリーは問いかける。
「本気なのか」
どうかしている、などとは山ほど悔いてきたことだ。
――今更だ。私は、もう少し、魔王といたい。
それだけなのだと、マリーに伝わればいいと思う。
マリーは顔もあげない魔王に向け、吐き捨てるように言う。
「魔法力なぞ使いやがって。それはもう魔族ですらない。何が魔王だ、お前はただの異形の魔法使いだ、二度と魔王などと語るな」
ドレスをひるがえして、マリーは去っていく。
「魔王としての誇りすら無くしてこのまま朽ちるがいい。キース、お前も二度と勇者などと語るな」
その言葉の意味を噛みしめ、大きな背中に、キースはできるかぎり深く頭を下げた。
もう勇者と魔王ではないのだと、マリーはそう言ってくれたのだ。
何か言いたいのに、何も言えず、顔をあげると、ワグと目が合う。
――この子には、酷なことをしたな。
どう償っても許されはしないだろう。感情をうつさないワグの目が悲しい。
「ワグ、帰るぞ」
マリーに呼ばれてワグはよろよろとその後ろについて歩き、一瞬だけキースを振り返った。その手から、何かが落ちるのを見ながら、キースはそっと目を閉じた。
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