121 / 181

魔王でなく勇者でなく

 辺りの木々が凍っていく。  目の前の炎が断末魔のような音をたてて、散り消えた。  起ち上る蒸気の向こうに、マリーの苦い顔が見えた。それを確認すると同じに、魔王が地面に倒れ伏した。体が焼けていないことを確認して、キースもその上に倒れ込む。  火は消えた。魔王がまだ死んでいないことをもう一度確認して、キースはそっと微笑む。   じゃり、と凍った土を踏みしめる音に顔をあげると、マリーが悲しげにキースを見下ろしていた。 「す、みません」  喉も焼けたのか、声を出すのもようようだった。  マリーはそっと手を伸ばしかけ、思い詰めたようにその腕を引く。 「回復は、しない」  そっと頷くキースにマリーは問いかける。 「本気なのか」  どうかしている、などとは山ほど悔いてきたことだ。  ――今更だ。私は、もう少し、魔王といたい。  それだけなのだと、マリーに伝わればいいと思う。  マリーは顔もあげない魔王に向け、吐き捨てるように言う。 「魔法力なぞ使いやがって。それはもう魔族ですらない。何が魔王だ、お前はただの異形の魔法使いだ、二度と魔王などと語るな」  ドレスをひるがえして、マリーは去っていく。 「魔王としての誇りすら無くしてこのまま朽ちるがいい。キース、お前も二度と勇者などと語るな」  その言葉の意味を噛みしめ、大きな背中に、キースはできるかぎり深く頭を下げた。  もう勇者と魔王ではないのだと、マリーはそう言ってくれたのだ。  何か言いたいのに、何も言えず、顔をあげると、ワグと目が合う。  ――この子には、酷なことをしたな。  どう償っても許されはしないだろう。感情をうつさないワグの目が悲しい。 「ワグ、帰るぞ」  マリーに呼ばれてワグはよろよろとその後ろについて歩き、一瞬だけキースを振り返った。その手から、何かが落ちるのを見ながら、キースはそっと目を閉じた。

ともだちにシェアしよう!