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サラギ

 魔王が不意に、口を開いた。 「貴様は死ぬのか」 「……いえ、もう少し、時間が欲しい、ですね」 「では、俺も同じだ」  魔王ではなく、魔族ですらないと罵られたというのに、それでもキースと生きてくれるのか。キースは魔王の腕を掴む。何故、愛してしまったのかなど、もう考えるのはやめようと思う。今、ここに、こうしていられればそれ以外に大切なことなどあるものだろうか。  魔王の手が、キースの腕を掴む。 「水が欲しい」  慌てて水を呼びだす呪文をとなえようとして、止められる。 「硝子でなければ、飲まん」 「また、そんなことを」 「アレがいなくなったから、まだ洞窟暮らしを耐えねばならんのか」 「貴方は贅沢なんです」  軽口を叩く力も尽きて、魔王の隣に転がり、空を見上げる。いつの間にか、夜明けが近づいている。 「キース」  魔王がそっとキースの頬に触れた。  寝転がったままで視線を合わすと、銀の目は何か言いたげに瞬いた。 「何です?」  魔王がそっと、口を開く。 「俺は最早、魔王ではないのだろう」 「マリーが言っただけですよ」 「だが、正しい。もう、俺を魔王と呼ぶな」  ではどうすればいいのかと困惑するキースに、魔王は声を顰めたままで、囁いた。 「サラギ」 「え?」 「俺の名だ、そう呼べ」  魔族にとって名を教えるのは、何だったか。  ――同等と認めたかあるいは従属。 「あ、の」 「貴様しか知らん名だ」  フンと鼻を鳴らした魔王――サラギが、微笑みながら目を閉じる。  その美しさに見惚れながら、キースは何度も何度も、その名を呼び続けた。                           終  

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