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元魔王は愛がわからない

 久しぶりに風呂に入りたい、キースがそう言いだしたので、サラギは浴槽を作ってやった。前に作った浴槽はいつだったか壊れてしまい、どうせならもう少しまともなものを、と腕を振るったのだ。魔法使いの弟子が置いていった道具を使って出来上がったそれは、なかなかの物だと満足している。 「本当、貴方って器用ですよね」  石を炎で炙りながらキースが笑う。  最近、ようやくこんな風に笑うようになった。  あのあと――魔法使いの炎に焼かれ死にかけたサラギとキースは満身創痍で洞窟まで戻り、それから数日間を二人して寝込んだ。キースの方が傷は浅かったのか、先に目覚めたらしく、しばらくはその看病を受けた。  死ぬかと覚悟までしたが、意外と今もこうやって命を繋いでいる。  ――あれで死んでも良かったのだが。  キースと共にキースの炎で死ぬのも悪くないと思ったのは事実だ。随分と酔狂な考えを抱いたものだと思うが、あの時は本気でそう思った。  今となれば、キースと過ごす時間を取り戻せたことは幸運だったと思っている。  ――キースだけが俺を満たす。  その想いは今も変わらない。けれど、まだ、足りない。 「あの、石投げて貰えますか?」  真っ赤に熱せられた石を指して、キースがサラギを見つめた。漆黒の闇のような黒い瞳の奥、燃えているはずの炎が遠い。  サラギの看病をしていたときのキースは始終暗い目をしていて、それがサラギを苛立たせた。こんなキースが欲しい訳ではないのだ。そんな目をするくらいなら、あのまま二人して死んだ方がよかったものを、と何度か口にしかけて飲んだのは、その時に限ってキースが小さく苦しげに笑うからだった。  どうしても辛いなら殺してやろう。  そう思いつつ時を過ごし、ようやくキースは前のように笑うようになった。 「あの、聞いてます?」  待ちきれないのかキースがサラギの腕を掴んで顔を覗き込んでくる。せっかく口が近いのだからと唇を吸うと、すぐに突き飛ばされた。 「何故だ」 「あのね、風呂、入りたいんです」

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