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第5話
忙しく過ごしたここ数日間。気付けばもう社員旅行当日となっていた。
早朝からバスを会社前に手配して、各自バス前に集合になっている。
俺はコートを来て中にはニットを合わせ、暖かくして寒さから身を守った格好をしていた。
時間の30分前になるとみんなゾロゾロと揃って来た。あの、ハゲ課長も社員旅行は楽しみだったのかバスの中で食べられるようにと、お菓子の差し入れをしてきた。普段が最低だからこういう事されると好感度が謎に上がる。
大体揃うと課長がバスに乗れと指示をしたので俺達はゾロゾロと中に入っていった。
バスへ向かう途中、服の袖を掴まれた。振り返ると、佐藤さんが寒さで赤くなった頬をマフラーで隠しながら俺を見上げていた。
「あ、あの…」
「どうしました…?」
「えっと…バス。お隣に座ってもいいですか?」
何だそんな事か、俺は特に何にも意識せずに笑顔で「良いですよ」と頷いた。
バスに乗り席は、窓側に佐藤さん通路側に俺。通路挟んで隣が小林、その隣がたなゆいさん。
そして、小林の後ろの席には同じく彼女が浮気妊娠した後輩、鈴木が座っている。
「小林くーん。おはよー。相変わらず私服もオシャレだね。やっぱり、身長高いしそれに、イケメンだと何でも似合うよな。」
そんな感じでいつものように話しかけると小林はやれやれと言った雰囲気で「おはようございます。」とだけ返してくれた。
これも相変わらず冷たい。
「あ、あの。暁さん。」
横から可愛らしい声がして振り向くと、佐藤さんがコーヒーをプレゼントしてくれた。
「さっき近くのコンビニで買ったんですけど多く買いすぎちゃって飲みきれないので…良かったら貰って下さい。」
そう言ってブラックコーヒーをくれたのだ。
正直、ブラックは飲めないけど有難く貰った。まぁ寒い内の車内ではホットのコーヒーもカイロの代わりになった。
その光景を見ていた、小林は小さくため息をついていた。
そんな事には気付かない涼太はガムを口に放り込んで、出発までの時間を潰した。
「時間となりました。出発致します。」
時間となり運転手が放送するとゆっくりとバスが動き始めた。
高速に乗ると、バスの中の雰囲気はカラオケを1人1曲歌う流れになっていた。
女性陣は誰か狙っている人がいるのか皆恋愛ソングを歌っている。隣の佐藤さんも可愛らしい声で歌っていた。それに比べて男性陣は年齢差もあってか、しぶい演歌や昭和歌謡など酷い有様だ。
若い世代の俺達は皆寝たフリを決め込んで居るやつもいた。現に隣がそうだ。小林は数秒前まで起きていたが順番が近付いて来た為寝たフリをしている。
それに比べて頑張って場を盛り上げている鈴木はさすがと言うかなんというか。
「はーい!次は小林さん。ってアレ?寝てる。じゃあしょうがないかー。代わりに暁先輩よろしくお願いしまーす!」
「え!?…まじかー…ははっ。」
完全に油断していた。まさか俺に回ってくるとは、この小林め。
仕方なく俺は最近流行っている男性目線の恋愛ソングを歌うことにした。流行っているから皆何処かしら聞いた事あるだろう。
「おお!先輩、流行に乗っかれてますねえ!」
調子に乗った鈴木は謎の合いの手を入れてきた。
それから俺は歌い終わり取り敢えずは一難去ったってとこだろうか。
マイクはもう前の人が持っている。ふと、隣を見ると小林がこっちを見て口角をニヤリと持ち上げていた。
その仕草に不意にドキッと心臓がなった。
「って。小林クーン?お前狸寝入りするんじゃねぇ!」
小声でこう言うと小林は「何だ。知ってたんですか。」とつまらなさそうに俺から目線を離した。 クソ。何だこの敗北感。
「まぁ。上手かったですよ。先輩。」
俺が不貞腐れていると、心地よい低音で小林が珍しく褒めてくれた。俺はまた心臓がなるのを無視して「そりゃどーも。」と一言返した。
しばらく、走っていたバスは旅館の広めの駐車場に停車した。
当たりを見回すと竹垣があり、日本亭のような庭があり、池の中には鯉が泳いでいた。
俺は伸びをして腰を解しながら、バスを降りた。
すると目の前にいた小林から荷物を手渡された。
「先輩のです。…重いんで早く受けとってください。」
「ありがとう。悪かったな。」
俺はバッグを受け取り旅館に入り男女別れて大広間に出た。
取り敢えず、部屋決めをするために意外と作るのに時間がかかったくじを引く。
一部屋に2人入れる。
俺は5番で12番と同室だ。
桜の部屋と言う所へ行くとまだ相手は来ていなかった。
先に荷物整理をしながら上司は来て欲しくないなんて思っていると、襖がすすっと開いた。
顔を向けると、真顔で荷物を持った小林が立っていた。まじかよ。
「…暁先輩でしたか。」
「おい。面倒臭いって顔に書いてるぞー」
否定しない当たり本当に思っているんだろう。
俺は実際、そこまで気にしていない為そのまま荷物の整理を続けた。
ある程度出来たら、もう夕方だったため。風呂に入る事にした。
部屋には一応露天風呂が付いている。
俺は大浴場に行くのも何処か気まずいため、部屋の露天風呂に行く。
「以外ですね。大浴場じゃないんですね。」
俺が浴衣を持って部屋の風呂に入りに行こうとすると、小林がそういった。
「あはは。ちょっと潔癖があるんで流石にな。」
「へぇ。」
嘘だ。潔癖なんて全くない。人のちんこ口に入れるくらいは余裕だ。
バレていないとは言え、ゲイの俺が浴場に居るのは嫌だろうし。俺なりの配慮だ。
俺は移動の疲れをとる為にそこそこの長風呂をした。
上がると、小林も大浴場から帰ってきたのだろう湿った髪のまんま出てきていた。
普段は軽くオールバックになっている前髪も今は濡れてセンター分けの様になっている。非常に様になる。イケメンって何でも得するな。
「お前、風邪ひくぞ。」
そう言って乾いている旅館のタオルを投げた。
「大丈夫です。そのうち乾きますから。」
小林はそう言いながら片手で掴んだタオルを首にかけた。
「ところで、そろそろ広間に行かないと時間になりますよ。行きましょう。」
そう言われ、食事の時間である。8時にもうすぐでなる時間だった。
「ああ。そうだな。急がなくちゃな。」
俺達は少し足早に廊下を歩き出した。
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