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第10話

東京に戻ってきて1週間近く経とうとしていた。 俺は相変わらずガムを口に含みながらmomoへ向かっていた。 今日は珍しく近くまで来ていた為、社員旅行での土産物をマスターに渡そうと思ったのだ。 momoに着き扉を開けるとそこにはこの時間帯には珍しく桃瀬もいた。 中に入ると桃瀬の隣には臣も座っており、一緒に飲んでいたようだ。桃瀬と臣が話しているのは結構、珍しい。 マスターは相変わらずの仏頂面だが、桃瀬へ注ぐ視線はいつもあたたかい。 「こんばんは。マスター。」 中に入り、マスターへ紙袋を差し出した。マスターは色々と察して「ありがとうございます。」と言って受け取った。そのやり取りを見て俺がmomoに来店した事に気付いた桃瀬と臣が声を掛けてきた。 俺は仕方なく二人のもとへ行き隣に座った。 「涼太。久しぶりだね。」 「そうだね。臣は色々大丈夫なのか?」 2人ともそれぞれカクテルを煽り程よく酔っぱらっているようだ。 少し、話を聞くと臣は恋人と別れてしまってそのままらしい。少し悔しそうにしながらも、別れた相手に「幸せになってくれてたらいいな。」なんて言えるやつだからきっと大丈夫だろう。 「ねぇ、涼太ぁ~?僕らにもお土産ないの~?」 「はぁ。そう言われると思って余分に持ってきた。はい。これ清水寺の水。」 渡したのは清水寺で流れている音羽の滝の水を瓶に入れたものだった。 俺が臣と桃瀬に渡したのは恋愛成就の水だ。他にも学問上達や延命長寿などあったが、取り敢えず恋愛成就の水を入れてきた。これは一応、皐月と裕太にもあげるつもりだ。効果があるかそんなもん知らん。 「ちなみに、恋愛成就の水だから。臣には心からのお土産って事で。」 「臣にはって何?僕のは違うって言うの?え~それ酷くなーい?」 「あ~桃瀬はほら?ね?」 ぐずる桃瀬に俺は上手い言い訳が見つからず取り敢えず笑顔で誤魔化した。しかし桃瀬は寂しそうに拗ねてしまった。 「ごめんって。許してとは言わないけど、その水はお前が大事な人だからわざわざ汲んでやったの。そこだけ理解よろしくな。」 そう行って俺は桃瀬の頭を撫でた。そして、どことなく居心地が悪くなった為マスターに挨拶をして帰ると伝えた。 悪いことをしたかも、と少し反省しながらガムを口に含んだ。 momoを出て暫く歩いていると、急に後ろから路地へ連れ込まれた。結構な力で引きずられるように壁に押し付けられ、相手の顔を見ると桃瀬が悪戯っぽく笑っていた。 俺は何故連れ込まれたのか理由が分からず俺より少し背の高い桃瀬を見上げた。 すると、さっきあげた瓶を見せて「ありがとう。大事にする。」と言って口付けてきた。 ふざけて触れるだけのキスかと思えば、唇を舌でこじ開けられて口内に桃瀬の舌が入ってきた。 俺はびっくりして桃瀬の肩をバシバシ叩いたが、桃瀬は構わず段々と激しくキスをし続けた。それに俺の噛んでいたガムを桃瀬に取られてしまった。そして、代わりに桃瀬の唾液をめいっぱい口に入れてきた。俺は何とか流し込まれる桃瀬の唾液を飲んだが飲みきれず顎に唾液が伝ってきた。 すると、満足したのか桃瀬は口をやっと離した。 「ふぅ。ご馳走様~。あらら。涼太くーん、可愛い。目が蕩けてますよ?」 そう言って桃瀬は俺の頬を手のひらで包んだ。 俺はと言うと、はぁはぁと酸素を取り込むのに必死で酸欠気味で桃瀬を軽く睨んだ。 「それは、お前もだろ?って俺のガム、返せよ。」 すると、桃瀬は俺から奪ったガムを舌に乗せべーっと見せつけてきた。 仕方なく新しいガムを口に入れた。ミントの味が口に広がる。口直しだ口直し。 「あーあ。さっきまではあんなに可愛かったのに…!」 「言ってろ。バカ。」 「でもまぁ。コレはありがとう。」 そう言ってうっとりと土産の瓶を見ていた。相当嬉しいようだ。 「じゃ、そろそろmomoに戻るね~。」 思い出したかのように桃瀬はmomoへ手を、ひらひらとさせながら戻って行った。 「あぁ。またな。」 嵐のような桃瀬は、酔っていてもシラフでも今みたいな事をする。俺は少し疲労感を感じつつ皐月と裕太の待っているクラブへ向かった。 ◇◆◇◆◇ クラブは大きな建物となっていて2階席、1回のフロアがある。俺は2階の個人用に予約出来る小さな部屋に入った。 中に入ると皐月と裕太がワインを片手に話していた。 俺は2人に声を掛けて向かいのソファーに座る。このクラブは二丁目じゃあ結構有名な場所だ。ゲイじゃ無くてもノンケも女もみんな飲みに来る。そんな場所だ。 「おかえり~。京都と奈良は楽しかった?」 皐月がいつもの調子で聞いてきた。結構、酔っぱらっている様だ。 「うん。そこそこ充実した旅行だったよ。はい。これお土産。」 俺は紙袋のまま、桃瀬達にあげた瓶とお菓子をあげた。 「ありがとう。俺達の分なんて買わなくて良かったのに。」 そう言いながら裕太は瓶の入った巾着袋を開けていた。中身を見てなにか察したようで、「余計なお世話」と一言言った。 「おおー!八ツ橋じゃん!ありがとう、涼太。」 皐月は瓶よりも八ツ橋の方に気を取られているようだった。 俺はその2人を横目に酒の注文をした。 「お前らって、どこの露天風呂付きの旅館なんかに行ったんだよ?」 俺は写真を送られてきた画像を思い出して2人に聞いた。すると、2人は熱海とふんわりと答えた。 「お前らもしかしてだけど、熱海に行ってヤって帰ってきただけなのか?」 「いやいや、そんな訳無いし。ねぇ~裕太。」 「そう。流石に観光とかするよ。」 この2人なら全然有り得そうな話な気がするが……。まぁ、2人が楽しんできたならそれでいい。 そう思って頼んだ酒を1口飲む。すると、皐月が思い出したように俺を見た。 「あ、そういえばさ。ふと思ったんだけど。」 「何?」 「涼太ってネコ側出来るの?」 あまりにも唐突な質問で飲んでいた酒が気管に入ってむせてしまった。 「ゴホッゴホッ…ってどうしたよ急に……?」 「いやー。俺達は両方出来るけど、涼太って俺達とやる時とかタチしかしないじゃん?ちょっと気になって。」 ふーっと、タバコの煙を吐きながら皐月は不思議そうに顔を覗かせた。 「あー…。確かにそうだな。本気で好きなやつとしかネコ側はやらないかな~なんてな。」 本心を悟られないように出来るだけ冗談ぽく答える。だけど、この2人は俺の事を1番近くで見てきている。俺の本心なんてすぐに見透かされるだろう。 「…それって………蓮の事が関係してる?」 俺の様子を伺うように裕太が尋ねてきた。その様子はいつもふざけ合っている仲でも中々見ない顔だった。 「わかんない…。でも、蓮の事はもう振り切ってるよ。大丈夫…!」 そう元気よく言うと2人は心配そうな顔をしながらも、笑顔で「ならよしっ!」と言ってくれた。 ……大丈夫……大丈夫。 もう。俺は何も亡くさないし何も作らないから傷付くことはないはず。どれだけ自分の心を隠すかだ、たったこれだけなんだ。

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