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桃瀬とマスター

Noside 仕事が終わり週末の休日に時間が差し掛かる頃、バーmomoではマスターとオーナーである桃瀬が何やら話をしていた。 「ねぇ。マスター?」 「どうしましたか?」 しおらしい様子でマスターを呼びかけた桃瀬に、いつものように変わらず接するマスター。 「僕、結構失恋引き摺ってるんだけど。 このどうしようもない想いってどうしたらいいのかな…。」 憂いを帯びた瞳をゆっくりと閉じて、桃瀬は自身の想い人を浮かべる。 しかし、そんな事をしていたも辛いだけと割り切ったのか、ぱっと目を開いた。 「……私にも愛おしい人がいます。」 「えっ。マスター好きな人いるの?それって女?男?」 さっきまでのしおらしく、暗い表情はどこに消えたのか桃瀬はマスターの想い人について追求し始めた。しかしマスターは優しく微笑むだけで桃瀬には何も教えようとしなかった。 「……はぁ。いいな、マスターみたいな堅実そうな男に愛されてみたい。」 桃瀬はそんな事を呟きながら、ウイスキーのロックをくいっと飲み干した。 そして、珍しく早い内にmomoを出て行った。桃瀬は何処か心の隙間を埋めるように、少々治安の悪めなクラブへと足を運んだ。 薄暗い中、鋭く目をつけた男達が桃瀬を口説きにかかる。 「ねぇ。そこの美人さん。俺と飲まない?」 「……ふっ。いいけど。俺にお酒で勝てるかな?」 所謂、ザルと言われる桃瀬は飲みの誘いを快く引き受けた。泥酔させてホテルに連れ込んで…。ワンナイトなんてこの世界じゃよくある事だ。 桃瀬は飲みに誘ってきた男と1対1で話すことにした。 「アンタこのクラブによく来るでしょ?たまに見るなって思ってたけど、本当に美人だね。」 「そりゃどうも。……ねぇ。お兄さん。」 「なんだ?」 桃瀬は最近考える疑問を、目の前の今日会ったばかりの男に問いかけてみた。 「好きな人が一度も自分を見てくれなくて、気付けばその人を思うばかりで自分は誰にも愛されてないなんて時どうする?」 少し暗い内容すぎただろうかと桃瀬はチラリと相手の顔を覗き見る。すると相手はなんとも言えない顔をしていた。 「あー。何?アンタ振られたの?」 「まぁね。」 「んー。誰にも愛されてないってさぁ。そんな事ないと思う。少なくともアンタの隣に居てくれてる奴はアンタの事愛してると思うぞ?」 男はそう言って桃瀬にカクテルを1杯プレゼントした。そして、一人考える桃瀬を1人にした。 取り残された桃瀬は手元に残った男からのカクテル、フローズンマルガリータをゆっくり口に運んだ。 「元気を出して、ね。」 ◆◇◆◇◆ momoのマスターである、麻生凛太郎。彼は長い間桃瀬に想いを寄せている。桃瀬との出会いは、数年前に遡る。 「おにーさん。何してるの?」 麻生は最愛の妻に先立たれ、人生のどん底にいた。何度も自らを殺してしまおうとしたが怖くて踏ん切りがつかなかった。 そんな時、桃瀬と出会った。カンカンカンっと下がる踏切を見つめていた時、桃瀬から話かけられたのだった。 麻生はこんな人気のない所にどうしてこんな、容姿端麗な男がいるのだろうと疑問に思った。 「あれー?聞こえてない?」 「いや。……死のうと思っていました。」 「あ、やっぱり?」 麻生が口を開くと、桃瀬はケロリとした様子で答えた。 そんな様子に麻生は少し腹が立っていた。けれども、関係のないこの男にいくら腹を立てようがもう妻は帰って来ないのだ。 「死ぬのってね。案外、死んだ後みんなに迷惑かけるんだよ。だから、電車に飛び込んで死ぬなんて死に方、ちょー迷惑。 だから死ぬなら首吊って死にな?そっちの方が、遺体を片付けてくれる人と第1発見者以外特に迷惑もかからないからね。でも、俺はおにーさんが死んだら残念だと思ってあげるくらいには、気に掛けちゃった。」 そう、飄々と言ってくる桃瀬に麻生は驚いた。そして、少し救われた。少なくとも綺麗事を並べてくる奴らよりずっと麻生の心に寄り添ってくれていた。 それから、麻生と桃瀬は直ぐに仲良くなった。 そして、麻生は自分の事全て話した。すると桃瀬は「そっか。」と言うだけで何も言わずに勉強中だと言うカクテルを作って出してくれた。 ――――フローズンマルガリータ。 カクテル言葉、「元気を出して」 この時の麻生はその意味を分かっていなかったが、今ではその意味が分かる。 桃瀬は若いながらバーを開きたいと言っていた。それもLGBTQのセクシャルに迷う人々の。その為の勉強をしているのだと。それを聞いた麻生は迷わず、手伝わせてくれと頼み込んだ。 初めは驚いていたものの、桃瀬は「じゃあ。2人で作ろうよ。」と花が綻ぶように笑った。 そんな懐かしい事を思い出しながら、麻生は閉店後のmomoの片付けをしていた。 最近、元気のない桃瀬を心配していた。桃瀬は昔から涼太のような、本心が分からないふわふわとした男を好きになってはこっぴどく振られていた。 こればかりはどうしようも無いが、振られる度に悲しそうな顔をする桃瀬を見るのは麻生には辛かった。自分ならそんな顔をさせないのにと毎度の事思うのだった。 「おはよう。マスター店はどうだった?」 「来たんですね。いつも通り黒字ですよ。繁盛こそしていませんけどね。常連さんに助けられてます。」 「そっかぁ。まぁそのくらいで上々だよ。」 話しながら桃瀬はカウンターに座った。 麻生がふと桃瀬の顔を見ると目元が腫れていた。 また、1人で涙を流したと思うと麻生は胸がチクリと傷んだ。 「……桃瀬。私の愛おしい人教えましょうか。」 脈略も無いが、麻生は思わず桃瀬にそう言っていた。 言ってしまった後に少し後悔したがもう覚悟を決めた。 「え、どうしたの?急に。いや、知りたいけど。」 「ふふっ。 ……私の好きな人は、こんなにもアピールしても気付かない貴方ですよ。」 「は?」 「桃瀬。貴方が好きです。 出会った時からずっと私の想い人です。」 麻生は桃瀬の泣き腫らした目を手で覆い、ゆっくりと形のいい唇に自身の口を重ねた。 触れるだけのキスだったが、覆った手を外そうとすると桃瀬は外すなと言いたげに麻生の手を自分の手で覆った。 「本当に狡い……。」 「わかってます。でも、私は貴方を絶対に悲しませない。 ……そんな自信があります。」 そう言って麻生は未だに目を覆っている桃瀬の手をを引き剥がした。 そして、カウンター越しに抱きしめた。 「……っ。本当にバカだね。俺なんかに惚れちゃって…。」 「いいんですよ。………返事、待ってますね。」 ◆◇◆◇◆ 「……って事がありましてぇ。」 カウンターに座り桃瀬の話を真剣に聞いている涼太を目の前に桃瀬は麻生との事を話始めた。 「俺たち付き合ってるんだぁ。」 「待て。待て。お前乗り換え早くね?」 頬を染めて、うっとりと話しを続けようとする桃瀬を、涼太は状況整理する為に止めた。 「……だって人畜無害って感じのマスターに抱きしめられてキスなんてされちゃったらそりゃ誰でも惚れるでしょ。」 「はぁ……。まぁ。おめでとう。」 呆れながら涼太は桃瀬に祝福の言葉を送った。そしてカウンターの奥で幸せそうにしているマスターと桃瀬にカクテルを送った。 桃瀬がそうしてくれたように。 「マスター。 アンタと桃瀬にジントニックを作ってくれない?俺からの祝いとして。」 「……かしこまりました。」 マスターはふっと笑うとその意味を理解して、グラスに氷を入れ始めた。 同じく涼太の意図をくみ取った桃瀬も、ため息をついて涼太に向き合った。 「ジントニックって…。本当に涼太もバカだね。」 「なんとでも言えよ。」 「ふふっ。ありがとう。」 ――――ジントニック。 強い意志、いつも希望を捨てない貴方へ

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