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第1話 終わる世界
世界は終わりを告げた。
国家は崩壊し、生き残った人間は散り散りに身を潜め、【D】と呼ばれる存在に怯えている。
Dとはなにか。
暗闇(Darkness)、死(Death)、など諸説あるが、今となっては意味などどうでも良い。人間とDはとても共存出来るものではない。それだけは揺るぎない事実なのだ。
Dからしてみたら人間はひどく脆弱な存在だ。人間はすぐに死ぬがDは違う。Dは不死の存在と言われている。何かの法則に従って思考し、行動し、人間を死に至らしめるのだ。しかしそれは「愛」ゆえに。
Dが人間に向けた「愛」を、僕は知っている。
終わる世界で彼らが求めるもの──それはきっと人間という殻を破り、彼らと同じ存在へ昇華させることなのではないか。
「昇華とはまたおかしな表現を選んだものだなぁ、ミチル」
かたかたとワードプロセッサのキーボードを叩いている僕の隣で、一緒に暮らしているアサトが自分の無精髭をざらりと撫でて笑った。
「人間に向けた愛、ねえ……」
「うるさいな」
「何故そんなものを書く? もっと楽しいの書けよ」
「楽しくなくて悪かったね」
「まあいいけど」
どうでも良さそうに呟いたアサトは、彫りの深い顔をした男前だ。複数の人種の血が混じり合ったようなエキゾチックな雰囲気を醸し出しているが、出自を詳しく尋ねたことはない。少し顔にかかる髪は波のようにうねり、彼の容姿を鮮やかに彩っている。
「あ、ミチル……目のレンズが汚れてるぞ。拭いてやるからじっとしてろ」
アサトの手が僕の顔に伸びて、眼鏡拭き用の小さな布で目を磨いた。
機械の単眼 だ。
以前Dによって視力を奪われた。カラー画像に対応していない為、色を認識出来ない世界に僕は生きている。
それについてあまり不便はない。どうせ、景色を味わうようなことは出来ない状況だ。モノアイとは言え距離感もわかる。
そんな少し風変わりな見た目をした僕にとってアサトは、とても不釣り合いな男だった。
「綺麗になった。あまり触るなよ」
「触ってないよ」
「指紋がつくと汚れるからな」
「触ってないって」
アサトは大体30手前の年齢だと自分で言っていた。その辺が曖昧なのは、世界がこうなってから年を数える習慣がなくなったからだ。僕にしてみたところで、自分の年齢をはっきりとは知らなかった。
年を数えることに、さほど意味はない。いつだって死と隣合わせだ。
「ところで話は少し戻るけど、昇華って表現、変だったかな……?」
「Dが上位の存在に思える表現だ」
「上位……実際そうなんじゃない」
「おいおいミチル、勘弁してくれよ。人間様はまだイケるぜ?」
「何を根拠に」
「昨日俺は、Dをヤった」
「やった……殺したのか?」
殺せるはずがない。
先に述べたように、Dは不死と言われている。ひと時流行ったゾンビものの映画やゲームを思い浮かべるとわかりやすいかもしれないが、たとえアサトがDに向かって銃を発射し見事心臓を撃ち抜いたとしても、けしてその動きを止めたりは出来ない。尤も銃なんて、持ち合わせているわけもないのだが──
しかしながらDはゾンビではない。
あのようなおぞましい、あるいはチープな姿かたちを取っているわけではなかった。いわゆるゾンビであるなら、僕は最初からゾンビと表現する。Dは美しい外見を持っていて、腐肉や血にまみれてはいない。太陽に当たって灰になる吸血鬼とも違う。
「殺しちゃいない」
アサトはまた笑い、自分の親指を人差し指と中指の間で抜き差しする、というジェスチャーをした。
「……え?」
「Dの穴に俺のをブチ込んでやったってことだよ」
「言い方に……品がない」
下品なのは好きではなかった。アサトはけして上品な男ではなかったが、下品である必要もない。或いは僕をからかっているだけなのかもしれなかった。
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