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第17話 デルフィニウム
しばらくして、何故かアサトが僕を抱くようになった。狭いベッドで二人してひっついて寝ていたら、ある日アサトがなんとなく発情しているのを察したので、気を利かせてみたのだが……。
「ちょっと地下通路でも散歩してこようかな」
僕がいたら邪魔だろう。一人にさせてあげる為にベッドから出ようとしたところ、ねじ伏せられるように元の位置に戻されたのでびっくりした。
「行くなよ」
「んー、でも……一人の時間は大切だよ。君にとっても、僕にとっても」
「……俺が勃ってんの知ってて逃げようとしてんのか。気持ち悪いか」
「そういうわけじゃ……仕方ないよ。少し外すから、落ち着けたらいい」
「いやそうじゃなく」
なんだか苛立っているよう見えた。
なんでこんなに、アサトの体が熱く感じられるのだろう。
「仕方ないと言ったな」
「まあ、生身の男だし」
「仕方ないのは俺のせいじゃない。……お前のせいだ。無理にとは言わないが、その……」
「だから一人に……」
「じゃなくて、相手」
「相手……?」
「してくれ」
アサトはばつが悪そうにそっぽを向いたが、すぐにまた視線を戻して僕のモノアイに触れた。触れたところが熱くなった気がして、抗えなかった。
僕にそういった経験が今までにあったのか、まるで覚えていない。
けれど少し乱暴とも思えるアサトの愛撫は、嫌いではなかった。嫌悪感はまるでなかった。
体の相性が良いとは多分こういうことを指すのだろうか。そうされたいという想いが、ずっと昔から心のどこかにあったような気さえして、不思議だった。
ずっと昔とはなんなのか、そんなことも思い出せないのに。
──アサトを、すべてにおいて満足させられる存在でありたかった。
頭の中で誰かが呟いた。それが自分自身の声であるのか、幻聴のようなものなのか、僕にはわからなかった。
アサトは僕にとって、どんな存在だったのだろうか。どうしても思い出せなかった。
「聞いてもいいかな」
貪られるように抱かれたあと、僕は疲れ切った声で尋ねた。
「なんだ? もう一回したい?」
「じゃなくてさ……。なんでそんなめちゃくちゃに欲情してるの? わりとびっくりしてるんだけど」
アサトは一瞬止まり、困ったようにベッドから這い出した。
「──それはあ……なんというかあ、お前の体の、匂いとか感触に抗えねえんだよ。……俺も困ってる」
意味深に深いため息をついて、何やら自己嫌悪しているようにも見える。セーブ出来ない理由でもあるのだろうか?
「どうしても嫌なら、言ってくれ。頭を冷やすから」
嫌なわけではなかった。
アサトを好きだった。
僕は、
僕は、
僕は、
アサトの機械人形、……未散だったはず。
アサトが抗えないのは、この体がDのものだから。Dの匂いはアサトを強く惑わし、一度その味を知ったら抜け出すことが出来ないのだ。蜜に溺れる虫のように、そこに自ら身を投じている。
「──ミチル?」
アサトの声が聞こえて、僕は現実に引き戻された。
思考にバグが出て、過去の記憶を反芻していたのだ。
ベッドには美しいDの生首が置かれていて、意識が混濁している僕をじっと見つめていた。
……記憶が、混じり合う。
ガラス張りの無菌室にずっと閉じ込められていて……とても静かだった。怖いくらいの静けさだ。これはDの記憶。
「まずは頭のすげ替えのタイミングをどうするか。そこが問題だろう」
「すぐ融合するわけじゃないからね。人の頭部とこの不死の体を、巧くつなげることが出来なければ……」
無菌室の外で母親らしき女性の傍にいた小さなアサトは、ガラス越しの僕をじっと見つめては不思議そうな顔をしていた。アサトの両親は、僕の生態の研究に携わるメンバーだったのだ。
死なないのは幸せか?
それとも不幸せなのか?
終わりが来ないのはつらい。もう一度眠る為には安らかな場所を確保しなければ。けれど人間の存在は少しばかり騒々しい。太陽の光を浴びたい。こんなガラス張りの部屋にいるのは飽き飽きだ。
数を減らそう。もう少し。もう少し調整を。気に入った人間だけ手元に置こう。完全なる沈黙はあまりにも静かすぎてうるさいから。
僕は自分が誰であるかを急激に思い出す。
僕はデルフィニウムと融合した、機械人形。
アサトがネモフィラに聞いたあの名前は、僕の体の持ち主だ。僕の意識はそれと混じり合い、混濁している。未散なのかデルフィニウムなのか区別がつかないほどに、雑然としている。
そこにある生首の記憶が、僕を飲み込もうと濁流のように流れ込んできていた。
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