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春_第2話
まるちゃん…カッコいい…大好き…
そう言った彼女に、笑顔で手を振り返していた彼を思い出す度に、僕の胸は張り裂けそうなくらいに痛くなった。
家に帰ったら…お母さんに報告しないと…
電車に乗ったあたりから、僕の胸の痛みはだんだんと治まって来て、家に着く頃にはすっかり良くなっていた。
…でも、いつ心臓発作が起こるかも分からない…
そんな恐怖を抱きながら、玄関の扉を開いた。
「お母さん、ただいま…。ねえ、今日さぁ…」
僕は、台所のお母さんの背中に向かって話しかけた。すると、お母さんはイライラしながらこう言った。
「ん、もう…このレシピ通りに作ったのに…全然違う物になったぁ!カルパッチョって何よっ!酢漬けじゃないの!ねえ!こんの、馬鹿野郎!」
あぁ…機嫌が悪いんだ…
僕はお母さんを諦めて洗面所で手洗いをして、そのまま自室へと向かった。
あんなに胸が痛くなるなんて…怖いな…死んじゃうのかな、僕…
ベッドに横になりながらぼんやりと天井を見つめて、先の事を考えながら目を閉じた。
まるちゃん…模型部には、入ってくれないかもしれない。
だって、模型部には…彼女の観覧スペースなんて無いし、黄色い声援も要らない。
きっと、彼の様な花形スターには…物足りないだろうな…
ピンポーン!
「はぁ~い…」
お母さんの余所行きの声を耳に聞きながら、ため息を吐いた僕は布団を頭から被った。
「あらぁ、千秋。上がって?今、春が帰って来て…部屋にいる筈よ?勝手に入って良いわよ?」
勝手な事を言うんじゃないよ…
自分の母親に対して、そんな悪態めいた感情を抱いた。
そして、未だに疼いて痛む胸を押さえながら…僕は布団の中で体を丸めた。
痛い…
「ねえ、春ちゃん…さっき、胸を押さえて苦しんでた。何か言ってなかった?」
「はぁ~~~~?!」
ドカン!
僕の部屋の扉が…壊れてしまいそうだ。
お母さんは凄い勢いで僕の部屋の扉を開いて、僕の包まった布団を引っぺがした。そして、僕の顔色と、脈と、熱を測りながら、顔を覗き込んで聞いて来た。
「…苦しいの?」
「…苦しい…」
「救急車じゃ~~~~!」
すぐに119番したお母さんは、保険証を取りに僕の部屋を飛び出した。
「春…どうして、言わないんだよ…」
ちいちゃんは悲しそうな顔をして、僕を見つめた。そして、ベッドの隣に座って、僕の押さえる胸を一緒に上から押さえて静かに言った。
「すぐに後を追いかけた…。でも、お前は全然止まらないで、どんどん先を歩いて行く。いつもそうだ…。俺が追いかけても、お前は止まりもしない…」
だって…僕は、ちいちゃんに掴まりたくないんだ。
だから…いつも、君と離れる時は…後ろも振り返らないで、ただ前を急いで歩くんだ。
振り返った時…他の誰かと、仲良く話す君を…
眉を下げて見つめるのは…もう嫌なんだ。
「春ちゃん!救急車、来たぁ!」
そんなお母さんの声を聞きながら、救急車に乗せられて、僕は緊急搬送された…
きっと、このまま死ぬんだ…
でも、まるちゃんに出会えて…良かったじゃないか。
天国に一番近い男…それが、まるちゃんだ。
だから…僕もきっと、天国に行ける。
「ただの、動悸ですかね…?心電図にも、問題はないですし…」
大きな病院の先生が、首を傾げながら僕を見つめて、そう言った。そして、次の瞬間、ニヤリと口端を上げて…冗談めいた口調で言った。
「もしかして…好きな子に、告白とかされた?」
え…
「胸がギュ~~~ン!って跳ねる様に痛くなって、あぁ…って項垂れてしまう様な、得も言われぬ幸福感に満たされたりした…?」
何…それ…
「いいえ…。どうしても手に入れたいまるちゃんが、恋人に手を振って…笑顔を送った。それを見た瞬間、僕は息が出来なくなるくらいに、苦しくなったんです…」
「はぁ~~~?!」
そんな声を出したのは、お母さんだった。
僕たちは、呆れた様子の先生に会釈をして診察室を出た。すると、踵を返したお母さんは僕を椅子に座らせて、小声でこう言った。
「…ちょ、まるちゃんって…誰よ。」
「とっても手先が器用な…ツーブロックの1年生だよ。彼が…バスケ部の体験入部に行きたいって言うから…僕は自分の部活動を早退して、ついて行ったんだ。でも…まるちゃんには、彼女がいて…大好き~って…うっうう…お母さん、また…痛い!」
胸を押さえながらうずくまった僕に、お母さんは感慨深げに頷きながら言った。
「春さん、それは…恋です…」
は…?
「びょ、病気じゃないの…?」
「恋の胸の痛みです…はぁ~!まるちゃんねぇ…」
恋…?
僕は男なのに…男のまるちゃんに恋をしている…?!
それは、例えば…
どうしても、模型部に入って貰いたいと願う事も、恋のひとつなの…?
ふと、陣内くんの悲しそうな顔が目の前に浮かんで、彼の発した言葉が頭の中を繰り返しリフレインした…
まるで、恋する女の子みたいに、がっついて見える。
マジか…
最悪じゃないか…
僕は、まるちゃんにそんな風にがっついてしまっていたのか…?!
頭を抱えた僕は、急に恥ずかしくなってきて、顔を真っ赤にしながら項垂れて言った。
「…明日、学校に行きたくない…!」
「駄目よ?こういう時こそ、行かないと…お母さんが一緒に行ってあげても良いのよ?まるちゃんが、うちの婿になる素質があるのか…見極める必要もあるし…」
「春ちゃん…どうなの、もう平気なの…?」
…ちいちゃんもあの時、救急車に乗って一緒に付いて来たんだ。
彼は、僕の顔を覗き込んで心配そうに眉を下げた。
そんな彼にお母さんが嬉々とした表情で言った。
「ちいちゃん!春ちゃん、恋してるの!まるちゃんってツーブロックに、恋してるの!きゃ~~!とうとう…うちの春ちゃんも…誰かを好きになるって、人間的な感情を持つことが出来たんだわ…。あぁ。お父さんに報告しないと…!今日は、お赤飯よっ!」
「はぁ~?」
明らかに表情を歪めたちいちゃんは、僕を見つめて強い口調で言った。
「違うよな?春!」
まるちゃんが、彼女に手を振って笑顔を見せた…それだけで、胸が苦しくなった。
去年の文化祭で、恥ずかしくて顔も見れなかった…手先の器用なまるちゃんを…僕は、あの時から…好きだった。
あぁ、僕は、まるちゃんの事が…好きみたいだ…
「僕は、どうやら…まるちゃんが好きみたいだ…」
「絶対違うって…!馬鹿だな!」
ちいちゃんはそう言って僕の顔を自分に向けて言った。
「春が好きなのは…千秋だろ?」
あり得ない…
だって…僕は、ちいちゃんが大嫌いだ…
「違う…絶対に違う…」
そう言い切った僕の顔を見つめたちいちゃんの顔が、苦しそうに歪んだ気がして、僕は胸が苦しくなって、目を逸らした。
「ちいちゃんも、うちで赤飯食べてく?」
マンションに戻った僕たちは、それぞれの玄関の前に立って自分の家の鍵を開けた。
「いいや…何も、めでたくないから…」
お母さんの言葉に、ちいちゃんは不貞腐れた様に顔を背けながら玄関に入って行った。
「あぁ…あらあら…おもおも…おや、まあ…ほほほ…」
そんな様子を見たお母さんだけ、妙に嬉しそうに笑っていた。
家に戻ると、男になりたがっている妹が悪態を吐きながら言った。
「カルパッチョじゃねえよ!これは、タコの酢漬けだぁ!」
「ん、もう!なっちゃん、先にご飯食べてたの…?見て?このレシピを書いた人…ええっと、ぽんぽんママさん?彼女…カルパッチョと酢漬けを勘違いしてるみたいなのよねぇ?ほんと、お茶目な人ね!うふふ!」
時刻は、夜の9時…
ご機嫌なお母さんは、怒り狂った夏美を宥めてテーブルに座らせた。そして、僕の肩を掴んで、ニッコリと笑顔で言った。
「なっちゃん!聞いて!春ちゃんが、恋をしてるの!!胸が苦しくなって…救急車を呼んだら…恋の病だったのよ!!あ~っはっはっは!おっかし!処方箋は…あなたの胸に書きました…的な?的な?ウケる!」
「迷惑だろがよっ!」
そう…僕は、恥ずかしいくらいに、恋する女の子の様に、まるちゃんにがっついてしまっていた…
これは、明日…模型部のみんなに謝らないといけない。
だって、僕は…恋が、人をこんな風に変えてしまうだなんて…知らなかったんだ。
まんまと…自分が我を忘れている事にさえも気が付かずにいた…
恋ってやつは、はた迷惑で、厄介な物だと…知った。
きっと、みんなに、とっても迷惑をかけたに違いない…だから、誠心誠意、謝る事が大事だ…
スーパーで買って来た赤飯と、謎のカルパッチョを食べた僕は、早々に風呂に入って、自室にこもった。
「…まるちゃん。明日も…模型部に来てくれるかな…」
ベッドの上で天井を見上げた僕は、意図もしないでそう呟いてしまった。
これが…恋…
意識もしないのに彼の事ばかり考えて…意図せず呟く言葉に、彼への思いがこもってしまう…。
こんな僕は…もし、まるちゃんが模型部に入ったとしても、彼をえこひいきする悪い部長になってしまうじゃないか…
…きっと、みんなは僕にガッカリしてしまうかもしれない。
よだれを垂らしてまるちゃんに求愛する僕に、軽蔑の眼差しを向けるかもしれない…
「駄目だ…」
せっかく、部長になったのに…
僕は、模型部に…新しい風を巻き起こそうと心を奮い立たせていたではないか!
こんな恋なんかに…振り回されては駄目だ!
硬く決心をした僕は、頭の中からまるちゃんを追い出して…眠りについた。
次の日の放課後…
僕は、部室のカギを手に掛けながら、長い廊下をひとりで歩いていた。
みんなに…どう謝ったら良いのか…
新入部員を勧誘しなくてはいけない…そんな、戦国時代の真っただ中で、僕は…まるちゃんにうつつを抜かしてしまった。
一瞬だけだけど…あの時の、みんなの視線が、忘れられない。
「…はぁ、やっちゃってる…」
情けない。みじめで、ダサい…
僕にピッタリだ…
背中を丸めたまま部室の前に着いた僕は、鍵を開けながらため息を吐いた。
「春氏、おはようでござる!」
あぁ…!
背中に掛けられた声に、恐る恐る振り返った僕は、伊集院くんと、その後ろで首を傾げる後藤君を見つめて、姿勢を正しながら一気に頭を下げた。
「昨日は…ほんと、すみませんでしたぁ!!」
そうだ…
部長という大役を任命されたくせに…僕は自分の欲求を追求しようとしてしまった。それは、統べる者として…あるまじき行為だ。
「お…春ちゃん。昨日は凄かったなぁ?なぁんで、あんなさかってたぁ?おら、ビックリしたぞ…意外と春ちゃんは押せ押せなんだな?」
「まぁまぁ…話を聞こうじゃないか…」
南條くんと、陣内くんも部室の前にやって来た。そして、みんなに頭を下げ続ける僕の背中をポンポンと叩いて、そんな優しい言葉を掛けてくれた…。
「みんな、本当に…昨日は申し訳なかった…。僕は、どうやら、まるちゃん…あぁ、昨日の…山崎円くんの事を好きになってしまったみたいなんだ。恋をすると…周りが見えなくなって…胸の奥がとっても痛くなるという事が分かった…」
僕がそう話すと、机に腰かけたみんなは首を傾げながら言った。
「…春ちゃんは男の子じゃないか!山崎君も男の子じゃないか!」
「後藤氏!この時代を生きる男児たるもの…そんな事を気にしてはいけないでござる!それがしは、百合は大好物。だから、理解があるでござるよ…」
伊集院くんはそう言って感慨深げに、深く頷いた。
「じゃあ…どうするの、春ちゃん…。まだ、彼の事を勧誘し続けるの?」
「いいや!」
陣内くんの言葉を強く否定した僕は、胸を張ってみんなに宣誓した。
「…僕は、自分の恋心に振り回されたくないんだ。あんな風に…がっついて、まるちゃんを追いかける…そんな自分であって、良いとは思わないんだ!…だから、彼の事は抜きにして…今日も、模型部にとって新しい可能性を探す、そんな、有意義な勧誘活動を続けたいと思う!」
「おっ!偉いぞっ!」
そんな声援を受けながら、僕は余ったチラシを手に取った。そして、陣内くんの作ってくれた横断幕を片手に掛けて、みんなを振り返って言った。
「…行ってくるよ!1年生が来るかもしれないから…みんなは、ここで活動を続けていてくれっ!」
「おぉ~~~!頑張れっ!春ちゃん!」
そう…今日もまた、勧誘のメッカ…校門前に向かう。
そこには、下校するまるちゃんをハントしようなんて…そんな、下心は無い。
多分、無い…
「ん、春ちゃん…今日も来たの…?」
当然の様にちいちゃんが僕に声をかけて来た。彼も、また…校門前での勧誘を続けている様だ。
いつもの如く周りを人に囲まれたちいちゃんを横目に見ながら、僕はこう言った。
「そうだよ。だって…模型部には、新しい風が必要だからね!」
そう…オタクでは気付けない何かを提供してくれる…そんな、誰かを探しているんだ。
「ふぅん…」
つまらなそうにそう言ったちいちゃんを追い越して、場所取りを始めた…
流石の運動部は、連携が取れているのか…既に一番良い場所を取っていた。
後からやって来た…美術部、茶道部…模型部の僕たちは、自然と隅の方に追いやられた。
「春、あいつら、どうやってあの場所取ったのか知ってる…?」
机を設置した僕に、美術部の部長…神原さんがそう話しかけて来た。
「え…?分からない。きっと…凄い連携を見せてるんだろ…」
フォーメーションとか…ポジションとか…そう言うのが好きな人種だからね…
そんな僕の答えにケラケラ笑った神原さんは、長い髪をなびかせて僕の顔を覗き込んで言った。
「違う。目張りみたいなテープで場所取りしてさ…。あたしがあそこに机を置こうとしたら…こっわい女が来て、キャンキャン吠えてった…まじで、最低だよ。」
あぁ…カースト上位運動部あるあるだ。
彼女が彼氏の為に、そういった汚れ役を買って出てるんだ。
こんな年齢から…男に傅く練習をしてる…
「キモイね…」
僕は首を傾げて、神原さんを横目に見ながらそう言った。
きっと…ちいちゃんの彼女の柏木さんも同じような事をしてる。
モデル事務所に登録してるのか…在籍してるのか…実際仕事をしているのか…そこらへんはぼかされているけど、確かに、柏木さんは美人だ…。
そんな事…どうでも良い…
「も…ももも…模型部です…良かったら、部室に…遊びに来てください…!」
僕は震える声を出しながら、必死に手を伸ばしてチラシを配った。
捨てられてしまうかもしれない…なんて、悲しい事は忘れて…。
それをちいちゃんが、また拾って集めるかもしれない…なんて、辛い事も忘れて…
ただ、手の中に余ったチラシを、何も考えないまま目の前を通る人に差し出した。
「おっ!模型部だって!」
ん…?!
目の前に現れた1年生は、明らかに…僕の事を馬鹿にした様子で、チラシの束を僕の手から奪った。
「模型部って何するんですか?」
意地悪に笑った1年生の顔を見上げて、僕は返答に困った…
だって、この展開は…たとえ僕が何を言ったとしても、馬鹿にされるだけだと…経験上分かっているから。
だから、僕は黙ったまま、彼からチラシの束を取り返そうと手を伸ばした。
すると、1年生は体を翻して、チラシの束を持った手を高く掲げて笑った。
「おっと!はははっ!1年生が聞いてるのに、無視するなんて…酷い先輩だぁ!」
「模型部は…模型を作る部活で、それは…細かい作業の連続です…」
ふと、そんな声と共に現れた…まるちゃんは、意地悪な1年生の掲げた手から、僕のチラシの束を取り上げて、そっと、僕に返してくれた…
そして、僕を背中に隠したまるちゃんは、意地悪な1年生と対峙する様に相手と向かい合って…黙って威圧した。
「な…なんだよ。山崎…冗談だよ…」
おずおずとそう言った意地悪な1年生は、まるちゃんから逃げる様にしっぽを巻いて、帰って行った。
「うっうう…まるちゃぁん!」
堪らなかった…
優しくて、カッコいい…ツーブロックのまるちゃんが、素敵すぎて…僕は、彼の背中に抱き付いて、恥ずかしげもなく…おんおんと泣いた。
恋は、人をおかしくする…
こんなに大勢の人に見られているのに、僕は泣く事を止められなかった。
ただ、まるちゃんの大きな背中が思った以上にあったかくて、胸の奥が苦しくなって行った。
「春先輩…チラシを渡す人を考えた方が良いです…。」
僕を見下ろしたまるちゃんは、困った様に眉を下げてそう言った。だから、僕は彼を見つめて、必死にこう言った。
「違う…!違う…!それじゃ、駄目なんだぁ…!だって…だって…!まるちゃんみたいな器用な…陽キャを探してるから…。君の代わりになる様な…そんな人を探してるからぁ…!オタクだけ集めても…駄目なんだぁ!」
どうせ…まるちゃんは、バスケ部に入る。
彼女だって、こんな素敵な彼を自慢できる部活を推すに決まってる…
意味も無く、体育館の踊り場で、自分の男がボールを転がすのを見て…悦に入る。
そんな暮らしを求めているんだ…
「ま、ま…まるちゃぁん…模型部に入ってよ…!そしたら、もう…こんな怖い事しなくても良いんだ…。君が僕の物になってくれたら…僕は、もうこんな風にひどい目に遭う事も無いんだ…。ねえ…ねえ…!」
恋は、人をおかしくする…それ以上の言葉は要らない。
大好きなまるちゃんにしがみ付いた僕は、彼のあったかい体に興奮して…泣きながら地団駄を踏んで、駄々をこねた。
「…もう、春ちゃんは…ほんと、駄目だな。」
そんな声が聞こえると同時に、僕は、突然後ろから抱え上げられた。
そして、駄々をこねる僕を見て、困った様に眉を下げ続けるまるちゃんから…どんどんと遠ざかった。
自分の意思じゃない…
僕を抱えるちいちゃんの意思によって…僕は、大好きなまるちゃんから引き離された。
「…変な噂になるから…人前であんな風に言ったら駄目だ…。」
彼の肩の上でクッタリと力を抜いた僕に、ちいちゃんがポツリとそう言った。
…変な、噂…
「それは…例えば、僕がホモだとか…ゲイだとか…そんな事…?」
そう呟いた僕に、ちいちゃんは…相槌も、返事も、しなかった…
「…だって…大好きなんだ…」
行き場を失った両手でちいちゃんの背中を撫でて…苦しくなってくる胸の奥の思いと一緒に、そう呟いて…僕は、しとしとと涙を落した。
すると、ちいちゃんは僕の顔を覗き込んで、悲しそうに眉を下げて言った。
「…春、このまま…そんな事を続けていたら、大好きな…まるちゃんに、嫌われるぞ…?それでも良いのか…?」
「え…」
「…お前があいつにあんな風に抱き付いて、ホモホモしい事をしていたら…まるちゃんにもホモの嫌疑が掛けられる。そうしたら、今いる彼女はどうなる…?険悪になって別れでもしたら…お前はまるちゃんに嫌われるぞ…そうだろ?」
確かに…
ちいちゃんから視線を外した僕は、確かに一理ある彼の話を、黙って頷いて聞いた。
でも、理屈ではない…感情の部分が、僕の頭を項垂れさせて行く。
「…じゃあ…どうしたら良い…?」
このもて余す熱い思いを…
この溢れて来る甘えてしまいたい感情を…
どうすれば良いの…?!
「…本命の千秋に、向けたら良いじゃない…」
僕を見つめたまま、ちいちゃんがそう言った。
そんな彼に顔を背けた僕は、クッタリとちいちゃんの肩に顔を乗せて言った。
「あり得ない…」
そう…だって、僕は、ちいちゃんが大嫌いなんだ。
いつも、こうやって…駄目な僕の面倒を見ては…自己嫌悪に陥らせて…僕を傷つけて行く彼が嫌いだ。
「…そ。」
短くそう言ったちいちゃんに抱っこされながら…僕は、自分の巣である…模型部へと連れてこられた。
「こいつをひとりにするな!1年生のまるちゃんに、僕の物になれって…襲い掛かってたぞ!」
ちいちゃんはそんな言葉を僕と一緒に置いて行った…
「春氏…」
「春ちゃぁん…」
残念そうに表情を曇らせる伊集院くんと、後藤君を見つめた僕は、ケロッと首を傾げながらこう言った。
「でも、大丈夫!もう…元に戻ったよ?」
そう…
まるちゃんさえ、近くに来なかったら…僕は普通で居られるんだ…
「春ちゃん、今日は…4人も体験入部の1年生が来てくれたよ?中には、ツーブロックにしてる子もいた。そこらへんで妥協して…あの、円くんの事は…諦めるんだ。」
陣内くんは、非リアな僕に現実を突き付けて来る。
「うん…入ってくれるなら、だれでも良い…」
そういった僕の言葉に首を傾げた南條くんは、べったら漬けを口の中に放り込みながら言った。
「春ちゃんは、面食いだからぁ…さっきのツーブロックの子は、アウトオブ眼中ってやつでねっぺか…?意外だぁ…春ちゃん、はぁ~…高望みするタイプだったなんて、おらぁ、意外だぁ~…」
僕は南條くんの意外を突いた様だ…。
何度も、ため息を吐く彼を見つめた僕は、手元のタッパーからべったら漬けを1枚取って、口の中に入れながら言った。
「恋は人をおかしくするんだ!でも、あまりそれを表に出してはいけないと学んだ。だから、僕は…自分のガンプラを組み立てる事に専念するよ!」
この前、エアスプレーで塗装したパーツはもう乾いている!
ワクワクしながら自分のパーツを机の上に持って来た僕は、ひとつひとつ塗装の出来を確認しながら竹串から外した。
「ムラ無し!素晴らしい仕上がりだぁ!」
満足げにそう言った僕に、伊集院くんが顔を覗き込ませて言った。
「春氏、今回は…マット加工でござるか…」
そうなんだ…!
「良い所に気が付いてくれたね!伊集院くん。そうなんだ。今回の1/144は、いつもの様な艶のある塗料じゃなくて、マットな仕上がりを目指してる。高級だろ?」
ガンプラは接着剤なんて要らない。
既にある凹と凸に、パチンパチンとはめ込んでいけば良いだけなんだ。
「わぁ…!あっという間に出来ちゃった…!!」
呆気ない…
ガンプラの楽しみは…下地と、塗装でほぼ終わってしまう。
「はぁ…やっと、履帯を穿かせた…」
僕の目の前で、後藤君が戦車にキャタピラーを穿かせ終えて一息を付いていた。
細かいパーツをひとつひとつを組み立てて…適量の接着剤で少しづつ固定しながら繋げて行く…そんな、気の遠くなる様な作業で作ったキャタピラーは、程よくたわんで…見事な履帯を再現していた。
「わぁ…重厚感を感じる…!」
さすが、後藤くんだ…!
思わず身を乗り出した僕は、彼の戦車の足元を見つめて、だらしなく口元を緩めて笑った。
凄い…!カッコいい…!!
「後…反対側も…」
そう言った彼の言葉に目を丸くした僕は、なるべく机を動かさない様に…そっと体を戻して、小さい声で言った。
「すごいクオリティーだ…。拘った甲斐のある…素晴らしい出来だよ。きっと、両方揃ったら…圧巻の戦車になる事、間違いなしだ…!」
「春ちゃん…俺のフィギュアに色を塗ってくれないだろうか。君の面相筆使いはあっぱれだ。ぜひ、この戦車の戦車長を、君の手で塗って欲しい!」
…な、何だって?!
「…本気で、言ってるの…?」
後藤君の顔を覗き込んだ僕は、ニッパーで手元のパーツを切り始めた彼を見つめて返事を待った…すると、後藤君は、僕を上目遣いに見て、クスクス笑いながら言った。
「本当だ…。だって、春ちゃんは面相筆の運びも…色のセンスも…ぴか一じゃないか…。」
あぁ…神様…!!
僕に、素晴らしい面相筆を与えて下さって感謝します!!
「う…嬉しい…!!ぜひ、やらせてくれ!!」
面相筆…それは呼吸を忘れる作業…
1ミリにも満たない筆先に全神経を尖らせて…凹凸のある表面に一発勝負を仕掛けて行く…そんなギャンブルじみた行為さ。
「色指定を教えて…?」
手元に小さな菊皿を沢山用意した僕は、後藤君の戦車に乗る予定の“戦車長”の足に接着剤を点漬けして、ランナーと繋いだ。
そして、彼に確認して貰いながら、差し出された色指定の紙を眺めてアクリル絵の具を準備した。
この一発勝負…燃えるじゃないか!!
「ふぅ…緊張する。」
既に下地の塗られた戦車長は…綺麗にやすりまで掛けられて、色付けされるのを待っている。
そんな彼の一番薄い色…そうだな、肌から塗っていこう。
僕は面相筆にアクリル絵の具を沁み込ませて、フィギュアに垂直になる様に筆を立てながら…慎重に彼の顔を塗って行った。
一番薄い色…それは、のちに乗せる濃い色の部分にはみ出して塗っても良い所。下地が見えるのが一番ダサい…だから、僕は、戦車長の顔のパーツ以上に少しだけ色を伸ばして塗った。
「さてさて…では…お洋服を塗ろう…」
戦車に乗る様な男は、きっと…汚い服を着てる。特に…足元は、泥に汚れている。
指定された色で服とヘルメットを塗った僕は、絵の具が乾ききらない内に、足元に少しだけ濃い色を乗せて、小さな平筆を立てて当ててぼかした。
しめしめ…良い具合だ…!
全体の色を塗った僕は、ランナーを回して戦車長を乾かしながら、細かなディティールを見つめて、色見本と照らして確認した。
「ゴーグルの色は…僕が決めて良いの…?」
そんな僕の言葉に、履帯を組み始めた後藤君は気の抜けた声でこう答えた。
「…お任せしまぁす…」
なる程…
この全体の色味…そして、後藤君の戦車の色を鑑みると…彩度を抑えた色が望ましい…。しかし、ゴーグルだ。縁は金属だ…光沢を出したい。
しかし…シルバーなんて塗ったら…台無しになるだろうな。
考えあぐねながら、僕は、戦車長の胸ポケットの部分に陰影を付けて、服に薄めた絵の具でしわを描いた。そして、肌の色に近い茶色の絵の具を作って、面相筆を立てて呼吸を止めた。
そのまま目に力を入れた僕は…お尻の穴をギュッと閉じたまま…戦車長の顔を描いて行く。
一発勝負じゃ…!!
元のフィギュアに彫られた絶妙な凹凸を目で読みながら…筆先を溝に取られないように慎重に手を運んで…決して、日本人になってしまわない様に、戦車長の顔を描いた。
「はぁはぁ…はぁはぁ…!」
「おぉ…!さすが、春ちゃん!あっぱれ!」
戦車長の顔に満足した後藤君が、僕を褒めてくれた!
息をする呼吸のブレを止めて、集中しながら描き込んでいくから…この作業は、ある意味生死の境をさまよう。そんな、危険な工程なんだ…。
服のしわ…服と、肌の境目に影を落として、外人ぽく…鼻筋にシャドウを入れた。汚した服の汚れも、十分満足できる出来になった。
残す課題は…ゴーグルの縁だ…
シルバーじゃない…でも、光沢を出したい…
そんな僕の選んだ色は、薄暗い緑の入ったグレーだ。
戦車長を回しながら面相筆を上手に立てて、均等な太さのグレーを戦車長のヘルメットに付いたゴーグルに一周させた。
「仕上げだ…」
ハイライトになる明るめの緑が入ったグレーを面相筆に少しだけ乗せて、菊皿の上を何度も撫でた…そして、掠れて消えそうな頃…そっと戦車長のゴーグル…その縁を狙って、一気に掠めて引いた。
「よし…!」
「凄い…春氏、極まってる!」
出しゃばり過ぎないハイライトは、重厚な後藤君の戦車と相まって…良い仕上がりになった。
「出来たぁ!どうかな…?」
「あぁ…素晴らしい!良いセンスだ!」
嬉しそうに喜んだ後藤君を見つめて、僕は一気に顔の緊張を解いた…
「はぁ~…!緊張したぁ…!でも、楽しかったぁ!!」
そう…僕は、この爽快感が大好きだ。
細かい作業を成し遂げた後の、このため息が好き…
少しばかりの絵の具しか出していなかった菊皿は、ティッシュで拭うだけで綺麗になった。
集中して作業した結果…もう、6時半…下校時刻をとっくに過ぎていた。
「イケね!帰らなきゃ…!」
戦車長が付いたランナー部分をオアシスにぶっ差した僕は、作業途中のみんなを急き立てて、部室の鍵を閉めた。
「アラームをセットしないと駄目だ…!夢中になる人ばかりで、誰が帰りの時間を伝えるんだ!」
暗くなった校内を小走りで走りながら、後藤君が喚いてそう言った。
いつもなら、陣内くんがそんなお仕事をしてくれる…でも、今日、彼は部活を早退した。
何でも…彼女と喫茶店へ行くとか…何とか…
「南條くんは何にも集中してないんだから、たまには人の役に立ってよ!」
そんな僕の言葉に首を傾げた南條くんは、顔を歪めて言った。
「おらぁ、寝てたんだ…」
ダメダメだ…
僕たちは、ダメダメの…模型部員だ!
「ほらぁ!いつまで校内に残ってんだぁ!はよ家に帰れっ!」
昇降口で靴を履いた僕たちは、学校に残った先生に急き立てられながら、足早に学校を後にした。
「またね~!」
みんなと別れて、駅に向かって歩き始めた僕は、ため息を吐きながら肩を落とした。
ついうっかり…夢中になり過ぎてしまった。
後藤君が言った様に、アラームをセットした方が良いのかもしれない。
「兄ちゃぁん…!兄ちゃぁん…!!んぁああ…!!」
「うっさいな…ちょっと待ってろよ…!」
そんな声に顔を上げた僕は、スーパーの前で買い物かごを手に持った思わぬ人物に遭遇して、家路を急ぐ足を止めた。
「まるちゃん…」
そこには、あの時の幼い弟を連れた、まるちゃんの姿があった…
「んぁああ…!!兄ちゃんの…ばっかぁ~ん!!」
かんしゃくを起こした弟は、人の行き交うスーパーの入り口で、地面に突っ伏して泣き始めた。
まるちゃんはそんな弟を…僕を見た時と同じ様に、眉を下げて見つめていた。
「…どうしたの…?」
思わず、そう声をかけて…駆け寄った。
「あ…春、先輩…」
「どうしたの…?」
まるちゃんの弟を見つめてそう尋ねると、弟君は鼻をグスグスと啜りながら言った。
「たぁくんの…お友達がぁ…カッコいい、ロボット持ってる…!たぁくんも欲しいのにぃ…兄ちゃんが、買ってくれないんだぁ!うがぁっ!」
…ロボット…?
「これじゃ…駄目…?これだったら…あげられる。」
そう言って、僕が取り出したのは…今日組み上がったばかりのガンプラだ。
「わぁ~~!すっごぉ~い!!」
そうだろう…だって…僕が作ったんだからね…!
「この塗装は…エアブラシだよ…」
そんな、子供に分かる訳もない…自分の拘りを、少しだけ言ってみた。
「春先輩…駄目です…。こんな、貰えません…!」
オロオロするまるちゃんを見上げた僕は、彼の下がった眉を指で撫でながらクスクス笑った。
「これは…お詫びだ。まるちゃん…迷惑かけたね。僕は、君への淡い恋心を露骨に出し過ぎたみたいだ…。気持ち悪いと思われても仕方が無い…。でも、君は優しいから、そんな事を言ったりはしないだろうね。まぁ、せいぜい、自重するよ…。」
僕は、まるちゃんを見上げながら苦笑いしてそう言った。そして、足元で嬉しそうにガンプラを振り回す弟君に言った。
「外で振り回すのは危ない。…これは意外と簡単に壊れる。運が良ければ、パーツが外れるだけで済むけど、探すのが大変だから、それは家の中だけにしてくれ。」
「ん、分かったぁ~!」
踵を返した僕は、まるちゃん兄弟に背中を向けて歩き始めた。
「春先輩…!」
そんな、可愛い彼の声に…振り向かない訳がない。
「なあに…?」
思いきりぶりっ子の顔をして振り返った僕は、精いっぱいの可愛い声でそう言った。
すると、まるちゃんは…首を傾げながらこう言った。
「こ…細かい作業が、好きです…。それに…先輩を、気持ち悪いだなんて…思った事なんて、無いです…。いつも一生懸命で…可愛らしい人だと思ってます…」
ここが竹藪なら…今の彼の一言で、僕の足元に筍が沢山顔を出した事だろう…
そして、一気に天まで伸びる程の…凄まじいエネルギーを放出している筈だ!!
「え~~!やぁっだ~!きゃ~~~!」
顔を真っ赤にした僕は、一気にデレデレになって逃げる様にその場から走って立ち去った…
可愛らしい人…
可愛らしい人…?
僕が…可愛らしい…?!
「まるちゃん…大好きだ…」
彼の言った言葉を思い出して、彼の表情を思い出した…すると、胸の奥が抑えきれないくらいに熱くなって…、嬉しすぎてほっぺたが痛くなるくらいに顔がわらけてくる。
嬉しい…
大好きな人に、そんな風に言って貰えて…嬉しい…
まるちゃん…僕は、君の事が、本当に…大好きみたいだ。
でも、君に迷惑をかける様な…自分勝手な恋をするのは、自重する。
だって…君に嫌われたくないんだ。
「ガンプラ作っておいて、良かったぁ~!」
通りすがる人が僕を見てギョッとしても…嬉しくて、顔がわらけちゃうんだ…
良かった…
彼に会えて、良かった…!
だって、こんなに…幸せを感じられるんだもの。
「ただいま~!あ…」
玄関を開いて家に帰った僕は、いつもよりも明るくそう声を掛けた。
でも、部屋の中からは、誰の応答も無かった…
代わりに聞こえて来たのは、楽しそうな笑い声。
玄関に置かれた靴を見て、僕は既に察していたんだ。
だから…この状況を不思議になんて思わない。
きっと…ちいちゃんが遊びに来てるんだ。
僕は、お風呂場で手洗いを済ませて、そのまま自分の部屋に向かった。
せっかくの幸せな気分を台無しにしたくなかったんだ。
可愛らしい人…
僕が…可愛らしいだって…信じられない…
何をしても、陰キャな僕なのに…そんな、僕を可愛らしいだなんて…!
まるちゃんは、お目が高いとしか…言いようが無いな!
…でも、彼女が居るんだ。
そして…僕は男の子だ…
もし、僕が女の子だったとしても…まるちゃんの彼女には劣るだろう。それは、容姿も、性格も、全てにおいてだ…
そんな現実、忘れてしまいたいね。
「春ちゃん、帰ってたの?なぁんでリビングに来ないんだよ!せっかく、ケーキを持って来たのに!」
ノックもしないで…ちいちゃんは僕の部屋に入って来た。
そして、ベッドに寝転がる僕の隣に座った彼は、ぼんやりと天井を見つめ続ける僕の顔を覗き込んで、首を傾げて聞いて来た。
「春…どうした…」
「何が…?」
不思議そうに僕を見下ろすちいちゃんを見上げたまま、彼の柔らかい髪がサラッと音を立てながら落ちて行く様子を見つめた。
すると、ちいちゃんは僕のほっぺを撫でながら悲しそうに眉を下げて言った。
「…まるちゃんは、バスケ部に入る事になったよ…」
そうか…
「そう…」
ポツリと呟いた僕は、ちいちゃんから視線を外して、天井を見つめた。そして、クスクス笑いながら言った。
「…良いんだ。だって…もし、まるちゃんが模型部に入ってしまったら、僕は毎日の部活動を正常を保って行う自信がないもの…。それに、みんなにも迷惑をかけてしまうだろうし…。だから、だから、これで…良かったんだ…」
これは、僕の強がりだ…
本当の気持ちは、とても悲しい…と、思ってる。
だって、僕は…それでも、まるちゃんと一緒に居たかったんだ…
他の人の事なんてどうでも良くて…ただ、優しくてカッコいい…そんなまるちゃんと一緒に、模型を作りたかった。
右手の親指にほくろがある…そんな彼の器用な手先を見つめていたかった。
「春ちゃん…ケーキを食べない…?春ちゃんの好きな、モンブランを買って来たよ。」
「…要らない…」
ちいちゃんに背を向けた僕は、布団を頭の上から被って体を丸めた。そして、自分の息で苦しくなって行く布団の中で…このまま死んでも良いなんて、生半可に思った。
まるちゃんと…模型を作りたかった…
彼の指先で…竹ひごをなめして貰いたかった…
「…まるちゃんの、どこが好きなの…?」
そっと、僕の布団を撫でたちいちゃんがそう聞いて来た。でも、僕は、彼にそんな話をするつもりなんて、微塵も無かった。
だから、何も言わないまま硬く目を瞑って、彼を拒絶する様に…身を縮こませた。
「春ちゃんと遊んでるから…」
「…なぁんで?春ちゃんってつまんないじゃん!ねえ、ちいちゃん、一緒に野球しようぜ!この前ホームラン打っただろ?なあ、もう一回やろうぜ!」
「春ちゃんも居るんだけど…」
「はぁ~?春ちゃんは要らない。ちいちゃんだけ一緒に来て?雪ちゃんのお誕生日パーティーだから!ん、もう…!ちいちゃんの事、雪ちゃんが好きって知ってるでしょ?」
僕は…ちいちゃんに付いたお邪魔虫。
みんな、きっと…そう思っていた。
幼い頃からそうして来た様に…ただ、彼と一緒に居ただけなのに…僕に向けられる周りの視線は冷たかった。
そして…ちいちゃん、君も…僕の事を、疎ましく感じていたんだろ…?
ノロマで…運動神経も無くて…キャッチボールもまともに出来ない僕なんかと遊ぶより、他の友達と一緒に遊んでいる君の方が…とっても楽しそうに見えたよ…
それが、とても…悲しかった。
だから…僕は、君の事が、大嫌いなんだ…
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