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第1話
それはたった一本の電話で終わった
俺はいつもあいつが意識を失うまで抱き潰す
だけどその日はやさしく一度だけ抱いた
あいつは不思議がっていたけれど、休みの前だからゆっくりヤろうぜと言ったら、照れながら「…いいけど」と言って頷いた
一緒に風呂に入ってふざけあっていたのに
30分後
あいつは電話を受けた途端、泣き出して
「うん…うん…分かった…」と嗚咽しながら言うと電話を切り、手の甲で乱暴に頬を零れる涙を拭くと、俺に言った
「ここ、ラブホじゃねぇから高いだろ?
一万でいい?」
そう、こいつは徹底した割り勘主義
こいつは学生で俺は社会人なんだから俺が支払うと言っても、こいつは食事代もホテル代も現金できっちり半分渡して来やがる
俺は呆然とこいつの顔を見ているだけで何も言えなかった
そうしたらこいつはさっさと財布から一万円札を取り出してテーブルに置くと、ボディバッグを掴んでドアに向かって全速力で走り出した
あいつの背中
ふわふわと揺れる髪
扉の閉まる音
俺はただ立ち尽くしていた
「それで一週間放置された挙げ句、『俺達終わりな』のメッセージで振られたのか。
今の若いのはスゲェな…」
そう言って『Barアムール』の店長のキロランケが尾形百之助の顔を見て苦笑する。
尾形はウィスキーのストレートを一口飲むと、表情一つ変えずに答える。
「そっ。
しかもセフレから恋人になってくれって告白しようとした時によう」
「おいおいヤリチンの尾形が本気になったのか!」
「まあな」
余りに驚いて珍しく上ずった声を出すキロランケに、尾形がまた表情を変えずに答える。
「しかも俺、あいつと初めてセックスしてから他の誰とも寝てないんだぜ?
あいつも俺以外とは寝たこと無いって言ってた。
俺が初めてのセフレでしかも初体験だって。
だからセフレなんて複数持つと病気とか身体の管理も大変だし、俺だけにしとけって言ったらそうするって…顔真っ赤っかにしてよ。
それでそろそろ関係も半年過ぎたし、頃合いかなって思って告白しようとしたら一瞬で振られたってワケ」
「連絡取らなかったのか?」
尾形はウィスキーを飲み干すとハハッと乾いた笑い声を出した。
「スマホは最後のメッセージを送って着た後、翌日解約されてた。
それで思い出したんだけど、あいつ、俺と会う時はスマホと財布しか持って来てなかった。
しかも財布には金しか入れて無かった。
割り勘する時チラッと見えたけど、クレカの一枚も入って無かった。
いつも待ち合わせはホテルで、あいつは絶対に泊まらないで終電で帰るし、必ず俺より早くホテルを出るかホテルの前で別れる。
住んでる場所は品川としか知らねぇし、今となってはそれも本当かどうか分かんねぇ」
キロランケが腕組みをして深い息を吐く。
「まさか…外でメシも一緒に食った事ねぇのかよ?」
尾形が間髪入れずに答える。
「無いね。
あいつ、自分は苦学生でバイト掛け持ちしてるから時間が無いって言ってて。
俺はまんまとそれを信じたし、逆にセフレなんだから好都合だと思ってたくらいだ」
「それは確信犯だね」と言ってバーテンの大沢房太郎が、尾形の前にストレートウィスキーの入った新しいグラスを置く。
尾形は大沢をジロッと見ると「分かってる」と言うやいなや、またも一気にウィスキーを飲み干した。
尾形が『杉元佐一』に出逢ったのはキロランケに話した通り半年前。
七団商社第一営業部三課の係長の尾形は、得意先から直帰する途中だった。
夕暮れ近い渋谷は人混みで溢れていた。
そんな中、一際多い人溜まりがあった。
尾形も以前から知っているFMラジオの公開放送のスタジオだ。
普段の尾形ならそんなものは無視して通過するのだが、一緒に得意先に行っていた二課の係長の宇佐美時重が「誰が来てるかだけでも見てみよう!」と言い出して、半ば強引に引き摺られて行ったのだ。
そこでは人気占い師の『インカラマッ』をゲストにスタジオで生収録をしていた。
占いなんてまるで信じない尾形ですら知っている女性で、朝のテレビのニュース番組やバラエティ番組、ネットニュースでも良く見る顔だ。
占い書籍も馬鹿売れしているらしい。
15分も収録を見ていただろうか。
尾形が飽きて宇佐美に自分は帰るから見たいなら一人で見てろと言った時、周りの観客からわあっと歓声が上がった。
『インカラマッ』がスタジオの外に居る人達の中から抽選で三人を生鑑定すると言うのだ。
宇佐美は面白がって、当たる確率が高くなるから尾形にも抽選券を貰えと言った。
尾形は抽選券さえ手に入れば宇佐美から開放されると思い、スタッフから何とか抽選券を貰った。
そうしたら当たったのだ、尾形が。
宇佐美は占って貰えと尾形を焚き付けるが、尾形にそんな気は更々無い。
その時、背が高くまるで熊のような印象の、いかつい大男がグズグズ泣いているのが目に入った。
大男は大学生くらいで二人の男に挟まれて慰められていた。
一人は坊主頭で一人はツンツンと髪を立てている。
尾形はその『ツンツンと髪を立てている』男に釘付けになった。
物凄く顔が良い。
いわゆるそこらの『イケメン』とは一線を画す綺麗な顔。
笑うと幼くなるのも魅力的だ。
傷があるが、そんな物はその男を引き立たせるアクセサリーに過ぎない。
尾形のどストライクのタイプだった。
身体つきも筋肉質で手足が長くバランスが良い。
それなのに胸や尻はぷりぷりと柔らかそうなのもエロくて良い。
尾形は宇佐美をその場に置き去りにして、人混みを器用に掻き分け、その三人組の所に辿り着いた。
そしてグズグズ泣いてる大男の肩を叩いたのだった。
大男に当選したチケットをやると尾形が言うと、大男はキョトンとした後、「本当に良いんですか…」と真っ赤になってモジモジしながら小声を出した。
尾形は「やるよ。俺、付き合いで抽選券貰っただけだし」と答えて大男の胸にチケットを軽く押し付ける。
大男があわあわしながらチケットを掴む。
スタッフの「当選した方はこちらに〜!」というマイク越しの楽しげな呼びかけ。
固まっている大男の背中を坊主頭の男が「ほら、早く行けよ!」と笑って押す。
大男は尾形に向かって深々とお辞儀をして「ありがとうございます!」と大声で言うと、スタッフの元に駆けて行く。
尾形がその背中を見送っていると、傷のある男が「お兄さん、ありがとう。あいつインカラマッの大ファンでさ」と話し掛けてきた。
尾形の計算通りに。
尾形は何の気無しに『見えるように』素っ気なく「別に。俺は同僚の付き合いだから」と返事をする。
そして「じゃあな」と言って歩き『出そうとする』。
すると傷のある男が尾形のスーツの腕を掴んだ。
「待ってよ。
あ、お兄さんが時間あるならでいいんだけど。
タニガキもお礼したいと思うし」
尾形がチラリと目をやると、傷のある男は申し訳無さそうな笑顔を浮かべている。
坊主頭の男もニコニコと笑って「そうそう!お兄さん奢らせてよ!俺達この後飲みなの〜」と言って尾形の顔を覗き込む。
尾形はニヤッと笑いたくなるのを必死で堪らえた。
……こいつらチョロ過ぎだろ
そうして尾形は淡々と言った。
「社会人が学生に奢らせるのはどうかと思うぜ?
まずは自己紹介しねぇか?
俺は尾形百之助」
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