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第2話

尾形はその時は自己紹介をし合っただけに留めた。 坊主頭で軽いノリの『シライシヨシタケ』にプライベート用の名刺を尾形が渡す。 シライシは名刺を見ると、「うわぁ〜名前とラインのIDしか書いてねぇー!!尾形さんコレ、ナンパ用でしょ?逆ナン用も兼ねってってさ〜。スッゲェ遊んでそーだもんなあ」とはしゃぎながら『スギモト』に見せる。 スギモトはチラッと名刺を見るとホッとした顔をした。  きっとここで尾形を行かせてしまったら、尾形がチケットを譲った大男…シライシによれば『タニガキゲンジロウ』ががっかりすると考えたのだろう。 尾形の名刺のラインのIDはプライベートなものだから、名刺なんて回りくどい事などせず、その場でIDを交換しても構わないが、尾形は経験上、一呼吸置いた後に、『最初は相手から連絡をさせる』事こそが精神的優位に立てると確信している。 尾形は「良かったらいつでも連絡して」と付け加えると、シライシとスギモトに背を向けて歩き出した。 その日の夜、早速シライシからラインが着た。 メッセージは第一印象と同じで『渋谷で会った白石由竹で〜す!今日はサンキューでした〜!谷垣がお礼したいって言ってるので、今週の金曜日尾形さんの予定が空いてたら飲み行きません?尾形さんのお仕事終わるまで待つっす〜!ピュウ』という軽いものだった。 尾形は金曜日の仕事のスケジュールを確認すると、『渋谷なら20時に行ける』とメッセージを返す。 即座にキャラクターが『イェ〜イ』と飛び跳ねているスタンプが押されて着た。 金曜日、渋谷ハチ公前、19時50分。 尾形が約束の10分前に着くと、もう白石達三人は揃って来ていた。 尾形と白石は最初のラインから一度しか連絡を取り合っていない。 それは昨日で、白石から『尾形さ〜ん、約束忘れてないっすか〜?』という確認のメッセージが着て、尾形は『忘れてない。行くよ。』と返事をした。 白石はまたキャラクターがぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいるスタンプを押して着た。 尾形がハチ公前に居る三人に「よう、早ぇな」と声を掛けると、三人が一斉に振り向いた。 谷垣が初めて会った時の様に深々とお辞儀をする。 「おっ尾形さん! その節はお世話になりました! 本当にありがとうございました!」 尾形が谷垣の丸太の様な腕をポンポンと叩く。 「別に。 そんなに気にすんなよ。 それより俺らスゲー注目されてるぜ? 続きは飲みながらでどうだ?」 白石が「ピュウ〜尾形さん分かってるぅ」と言って両手で尾形を指差すと、「尾形さんの言う通り!行こうぜ〜」と続けて楽しげに歩き出した。 尾形が連れて行かれたのはいかにも学生が入る様な居酒屋だ。 店の中は若いサラリーマンや学生で占められている。 四人はテーブル席に着いた。 尾形の右隣りは白石、目の前は谷垣、谷垣の左隣りは『スギモト』だ。 尾形がそれとなくそう勧めて席に着いた事を三人は全く気にしていないが、尾形は『スギモト』の隣りに座るより、真正面に座るより、対角線上に座る方が観察しやすいし、話しもしやすいと計算しての事だ。 まず生ビールで乾杯すると詳しい自己紹介が始まる。 谷垣のフルネームは『谷垣源次郎』、『スギモト』のフルネームは『杉元佐一』、三人は二十歳で同じ大学の同じ学部の3年生。 尾形が「俺は29歳の只のサラリーマン。これでも係長」と言うと三人は同時に驚いた顔をした。 谷垣が感動した面持ちで「30前で係長って凄いっすね…!尾形さんエリートじゃないですか」と言えば、白石も「尾形ちゃんカッコいいー」と瞳をキラキラさせる。 すると杉元が「白石、尾形ちゃんって何だよ。失礼だろ」と言って白石の坊主頭をポコンと叩いた。 尾形がじっと杉元を見つめて、「俺は呼び方なんて気にしねぇし、俺も呼び捨てにさせてもらうから杉元も尾形でいいぜ。あとメンドーだからタメ口な」と言うと杉元は照れ臭そうに「…分かりました」と答える。 尾形がハハァと笑う。 「杉元、タメ口になってねぇぞ」 杉元はジロッと上目遣いで尾形を睨むと、何も言わず生ビールをゴクゴクと飲んだ。 まず話が出たのは、谷垣が占い師の『インカラマッ』に占って貰った事だった。 谷垣は律儀にも、当選チケットを譲ってくれた尾形に報告しなければと思っているのだ。 『インカラマッ』は谷垣に『新しい運命の出会いがあった』『それは恋愛に発展するだろう』と告げたと言う。 杉元が身を乗り出して「それで誰だか分かったのかよ?」と谷垣に訊く。 谷垣はモジモジしながら「あれからずっと考えているんだが…分からん」とため息混じりに答える。 すると杉元が両手で頬杖を付いてウットリと言った。 「運命の出会いか〜。 いいなー。 しかも恋愛なんてさ〜。 憧れる…」 尾形は思わず生ビールを吹き出しそうになった。 この筋肉マッチョ…乙女思考なのか…!! 白石があははと笑う。 「出たー杉元の憧れ発言! 杉元モテんだから告られたら付き合えばいいのに」 杉元がスパッと言い返す。 「俺は自分から好きになりたいの! それで両想いになるプロセスもさ…ロマンチックが良い」 杉元の隣りの谷垣がうんうんと頷いている。 白石がお手上げポーズを取る。 「まあ童貞くん達は好きなだけ夢見てなさ〜い」 尾形はまたも生ビールを吹き出しそうになった。 これだけの超イケメンが童貞!? 杉元が白石の上げた左手をバチンと叩く。 「うるせー! お前だって素人童貞じゃねぇか!」 白石が途端に真っ赤になる。 「ううううるせぇよ! 尾形ちゃんの前で言う事ねぇだろ!」 「お前が先に言ったんだろうが!」 その時、尾形がツーブロの髪をかき上げると静かに言った。 「別に童貞でも構わんだろ? 俺なんて逆にヤリチンって言われてるぜ?」 白石と杉元がピタッと黙る。 杉元がカーッと首まで赤くなり、白石は尾形の両肩を掴む。 白石はそのまま、またもキラキラと瞳を輝かせ、尊敬の眼差しで尾形を見る。 「…ヤリチン…? うわっ…うらやましい…! ハナシ詳しく聞かせて〜尾形ちゃん!」 尾形は「杉元や谷垣は聞きたくないだろうから今度二人の時にな」と言って白石の『要望』をやんわりかわした。 白石は「じゃあ空いてる日ラインしてね!!」とウキウキと浮かれている。 そんなこんなでその後は雑談をして飲み会は二時間程で終った。 尾形は杉元と谷垣のラインのIDを訊く事もしなかった。 白石と繋がっていれば『十分』だからだ。 支払いは白石と杉元と谷垣に押し切られて尾形は奢って貰った。 それから。 尾形は三日後、約束通り白石と飲みの約束をした。 そして学生では到底入れないであろう高級キャバクラに連れて行ってやった。 先日の飲み会のお礼だと言って。 白石は疑いもせず喜んで付いて来た。 そうして自分は特定の相手を作らない事やセフレは女も男もいる事を明かした。 馴染みのキャバ嬢達がそんな尾形の話を囃し立てる。 『尾形ちゃんはホントにツレナイの〜』 『尾形ちゃんならコイビトになってもいいのに〜』 『てゆうかヒモでいいから付き合おうよぉ』 白石はデレデレと鼻の下を伸ばしながら、尾形とキャバ嬢達の話を聞いている。 尾形は30分もすると「俺がいちゃつまらんだろ。支払いはしてやるから楽しめ」と言って白石に好みのオンナノコを選ばせ二人きりにしてやった。 尾形は少し離れた、それでいて白石が見える席に移動した。 尾形が連れて来たキャバ嬢が悪戯っぽく笑う。 「尾形ちゃん、あの坊主頭の子どうするつもり?」 「どうもこうもねぇよ。 この前奢って貰ったお礼だ」 「ハイ嘘〜。 尾形ちゃんにそんな義理堅いトコ無い〜」 「鋭いねぇ」 尾形が素っ気無く言って煙草を咥えると、すかさずキャバ嬢が火を点ける。 尾形はフーッと煙を吐くとニイっと笑う。 「踏み台だ」 キャバ嬢もうふふと笑って尾形の前に作った酒を置く。 「それでこそ尾形ちゃん!」 「ハイハイ。 ありがとさん」 尾形は気の無い返事をすると、白石に視線を戻した。 それから何度か尾形と白石は二人で『遊び』に出掛けた。 勿論行き先は『オンナノコ関係』のみだ。 白石はバイトで貯めた金でヘルスにしか行った事が無いというので、尾形は中堅のソープランドを奢ってやったりもした。 流石の白石も遠慮を見せたが、尾形が「俺達もう友達だろ?友達のハジメテをセッティングさせてくれよ」と言うと、白石は喜んで奢って貰う始末だ。 そうして尾形が白石達と知り合って一ヶ月も経った頃。 尾形の残業中に白石からラインが着た。 『尾形ちゃんお疲れ〜。突然なんだけどさ杉元も尾形ちゃんと話してみたいって言ってるから連絡してやってくんない?』 文末には杉元のIDが書かれていた。 尾形はデスクにスマホを放り投げる。 そして口元を押さえ、下を向く。 クックックッという忍び笑いが漏れてしまうのを、部下達に気付かれてしまわないように。

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