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第3話

尾形は翌日の昼休みに杉元に充ててラインでメッセージを送った。 『白石から聞いた。話って?』とだけ。 直ぐに既読マークが付く。 そしてメッセージも直後に着た。 『わざわざすみません。二人で夕飯でも食いながら話せませんか?』 尾形はフッと笑って『タメ口』と送信する。 するとまた直ぐにペコッとキャラクターが謝っているスタンプと、『そうだった。二人でゆっくり話したい。俺は酒抜きで良いけど尾形に合わせる。』と返事が来る。 尾形は『いいぜ。空いてる日、寄こせ。』と送信するとスマホをスーツのポケットに仕舞った。 その夜、杉元から尾形に『今週は水曜と金曜の夕方からと土曜日の午後空いてる』とラインがあった。 尾形はビール片手に『土曜の午前中は空いてねぇの?』と送信する。 すると5分後に『午前中、空けた。でも何で?』と杉元から返信が着た。 そりゃあそうだろうな、と尾形は思う。 杉元は夕飯でも食べながら話せないかと言って来たのだから。 だがそれでも杉元は不満も言わず理由も訊かず、『尾形の為に土曜の午前中を空けた』のだ。 尾形が『じゃあ金曜の夜。また渋谷でいいか?今度は俺が店を選ぶ。それと土曜の午前中も空けとけ。』と送信すると直ぐに『分かった』と返事が届く。 またも『土曜の午前中を空ける理由』を訊かず、尾形の要望に合わせてくる杉元。 杉元はどうしても尾形と話がしたいらしい。 尾形は気分良くビールを飲み干すと煙草に火を点けた。 そして金曜日、19時。 尾形が約束の時間通りハチ公前に着くと、既に杉元は来ていた。 一人で居る杉元はスマホを見ながら落ち着かない様子だったが、尾形を見るとホッとしたように小さく笑った。 道行く人々がチラチラと杉元を見ている。 中には立ち止まって杉元を見て『芸能人かな?』『超イケメン発見〜!』などとヒソヒソと話している女の子達もいる。 対して杉元はと言うと、全然気にしていない。 尾形は生まれた時から綺麗な顔のやつはきっとそれが当たり前なんだろうな、と感心すると同時に半ば呆れていた。 だが勿論顔には出さず、営業スマイルを作る。 「よう、待ったか?」 尾形の声に杉元がまた小さく笑う。 「俺も今来たとこ」 尾形は一瞬でざっと杉元を観察する。 仕事で散々やっている行動だ。 杉元はキャップを被り、長袖の白いデザインTシャツにデニムにスニーカー。 肩からボディバッグを掛けている。 それに。 尾形は見逃さなかった。 杉元は尾形を『確認』するとスマホをボディバッグに仕舞い、そのベルトを掴んだ。 その指はぎゅっと固まっている。 尾形には杉元が緊張しているのが見て取れた。 良い兆候だぜ… 尾形は内心ほくそ笑むと営業スマイルを崩さぬまま、「ほら行くぞ」と言って歩き出した。 尾形が杉元を連れて行ったのは全室個室の和風創作料理の店だ。 杉元は店の入口で「こんな高そうな店で食うのかよ?」と上ずった声で尾形に訊いて来たが、尾形は無視して店の扉を開ける。 直ぐに仲居の様な着物姿の女性が受付から出て来ると、尾形と杉元に向かって「いらっしゃいませ」とにこやか言ってお辞儀をする。 「7時半に予約した尾形だ。 少し早く着いてしまったがまずかったか?」 そう問う尾形に女性はにっこりと笑う。 「いえいえ、問題御座いません。 ただお料理はご予約通り7時半からお出し致しますので、少々お待ち頂きますが。 まあ後10分程ですから。 どうぞ、ご案内致します」 女性がそう言って尾形と杉元をいざないながら歩き出す。 尾形もその後を続きながらチラリと杉元に目をやると、杉元はキャップを目深に被っていてその表情は良く分からないが、ぎゅっと結んだ口元が緊張している事を尾形に伝えてくる。 通された個室は、大理石調の床と四人がけと言ってもいい程の大きさの横長の黒いテーブルと、対面にやはり黒い椅子が置かれている以外は和風で統一されている。 尾形は先に個室に入るとテーブルの手前で立ち止まり、「座れよ」と杉元に言った。 杉元は仕方無くと言った風に奥の席に座る。 尾形はそれを確認してから扉に近い席に座った。 二人は殆ど話さなかった。 そもそも尾形は自分から話す気は更々無い。 杉元はソフトドリンクを飲み、尾形は赤ワインを嗜む程度に飲んでコース料理を味わいながら、杉元が口を開くのを待った。 そしてデザートが運ばれると杉元がポツリと言った。 「あと何分位で此処出なきゃなんねぇの?」 尾形がフフッと笑う。 「そうだな。 あと30分ってとこか。 料理だけ黙々と食ってたから、予定より早くデザートが来たが予約は9時半までだ」 「…そっか」 杉元が砂糖とミルクを入れたコーヒーをスプーンでくるくると回す。 そうしてカップの中で黒に白い輪が消えると杉元は尾形を真っ直ぐに見た。 「あんたの話は白石から全部聞いてる。 それで頼みがあるんだけど」 杉元の瞳は何かを決意した様に輝き、頬は紅潮している。 杉元の緊張を孕んだ綺麗さに、思わず尾形の喉がゴクッと鳴りそうになる。 「何だ?言えよ」 何とか冷静な声と表情を保った尾形に、杉元は必死に言葉を口にする。 「……俺をあんたのセフレの一人にして欲しい」 尾形は目を見開き、嘲笑した。 「頼んでる割に随分と悔しそうだなあ、杉元佐一ィ。 お前本気か?」 杉元が尾形を睨む。 ギラッと音がしそうな眼差しだ。 「本気じゃなきゃ頼むかよ! こんなこと…!」 尾形は焦らす様にブラックコーヒーを一口飲むと、蔑む視線で杉元を見る。 「こんなこと、ねぇ。 お前は俺のセフレになりたい。 つまり俺とセックスしてぇんだよな? お前、童貞捨てたのか?」 「…す、捨ててない…」 突然真っ赤になった杉元に、尾形が吹き出す。 「ハハァ! つまり俺に処女を捧げるって? セフレでもいいから? それで? お前はお望み通り俺とセックス出来るんだから良いよなあ? でも俺に何のメリットがある? 俺にとってお前がそこまで価値があるとでも思ってんのか? 自意識過剰じゃねぇの? これだからツラが良いだけのガキは手に負えねぇ」 「じゃあどうしたら良いんだよ!?」 意気込む杉元に尾形がバンッとテーブルを叩く。 杉元の肩がビクッと揺れる。 「テメェの価値を知れ。 お前はセフレ以下の玩具。 俺の命令には絶対服従。 今夜これをクリア出来たらセフレへ昇格だ。 出来るか? 自意識過剰のイ・ケ・メ・ン・く・ん」 尾形の凍り付く様な冷たい宣告に、杉元は迷わず頷く。 「出来る。 あんたの言う事は何でもきく」 「必死だなあ。 そんなに俺に抱かれてぇのか?」 「…だ、抱かれたい…」 悔しそうに食いしばった歯の間から言葉を絞り出す杉元。 尾形はニヤニヤと口元の歪んだ笑いが止まらない。 「そーか、そーか。 あーチンポ勃ったわ。 さっさとデザート食え。 ホテルに行くぞ」 杉元はまたギラッと音がしそうな眼差しで尾形を睨むと、デザートのケーキにフォークを刺した。 尾形は内心浮かれていた。 白石に『投資』したのも杉元を手に入れる為。 杉元の様なタイプは、尾形が直接アプローチしても乗って来ないと分かっていたからだ。 白石が杉元や谷垣に『自分がしてやったこと』を話すことも計算済み。 そして未経験の杉元が白石の話に興味を持って尾形に接触してくれば上等。 興味を持たなければそれまで。 期間は一ヶ月程度で。 だが尾形にも計算外だったのは、まさか杉元が初めて二人きりで食事をした時に『セフレにして欲しい』と言い出した事だ。 尾形はこの年まで本気で人を好きになった事も無いし、まともな恋人を作った事も無い。 それは白石を通して杉元に伝わっている筈だ。 つまり尾形の作戦は大成功ということだ。 こちらから手間暇掛けて口説き落としてセフレにする必要も無い。 杉元から言い出したのだから、尾形が杉元をどう扱おうと、杉元はYES一択しか許されていない。 あんな屈辱的な事を言われてものこのことホテルに付いて来る。 尾形が杉元とチェックインしたのは、食事をした店から程近い、一見シティホテルの雰囲気の尾形が行き付けのラブホテル。 部屋の中も如何にもラブホテルという感じでは無く、普通のホテルと何ら変わり無い。 ラブホテルを思わせる物と言ったらセックス用品の自動販売機くらいだ。 尾形は部屋に入ると直ぐに「裸になれよ」と言った。 尾形が見つめる中、杉元はボディバッグを椅子に置き、無表情で淡々と服を脱いでいく。 杉元は身体にも傷が多数あったが、尾形は関心が無かったので何も訊かなかった。 杉元が最後に下着を脱ぐ。 杉元の無表情が崩れる。 真っ赤になって俯く杉元をスーツ姿の尾形が抱きしめる。 杉元が小さく「汗かいてるから…」と呟く。 尾形がペロッと杉元の首筋を舐める。 杉元が尾形の腕の中で顔を背ける。 尾形が低くからかう様な調子で言う。 「動いて良いと言ったか? 杉元佐一ィ」 杉元が直ぐに顔を正面に戻す。 尾形は杉元の首筋を、今度はねっとりと舐め上げると、「全部味合わせろ」と囁いた。

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