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1 寒い朝
さくり、さくり、さくり。霜柱を踏むのはおもしろい。
郁郎はわざとアスファルトの道路をはずれて畑のはじを歩いた。
靴の底に小さな氷の塔が砕けていく。
硬質で繊細なものが壊れる感覚を郁郎は楽しんだ。
ぴゅるりと丘の上に風が吹いた。
海を渡ってやってくる、あたると痛みとして感じるほどの冷たい北風だ。
風から鼻を守るように郁郎はマフラーの中に顔を埋めた。
安志は郁郎の鼻はとんがっているからすぐに赤くなると笑う。
日の当たらない北向きの畑にはところどころ雪が残っていた。
今年の冬は一度降ったきりで、その雪も溶けかかっていたところに三日ほど前から厳しい寒さがやってきたのだ。
出がけにテレビでやっていた天気予報によるとこの寒さは底を打ち、これから先は暖かくなる一方だという。
道の先でがたんと音がして、郁郎は畑からアスファルトの上に歩みを戻した。
民家の敷地から車が出ていくのが見える。
郁郎の家から一番近い家だが郁郎は誰が住んでいるかよく知らない。
車は丘を下り、国道に出ようとしている。郁郎は国道を渡りその先の三叉路を左へ行く。
川に水が集まるように、ひとりまたひとりと人の流れが生まれていく。
流れに身をまかせて眼下に細長い「浜」の街並みを眺めながら、神社の境内をかすめて、二年前に卒業した小学校の脇を抜け、保育園の前を通り中学校に至る。なかなかの距離があるが、なぜだか自転車は使えない。
浜の向こうには海が広がっている。
郁郎は校門をくぐる前に足を止めて海を見る。
海は一日として同じ表情を見せない。
この土地にやってきてから見続けて、全く飽きることがなかった。
今日は鉛色のたゆたいの中にかすかに青が混じり始めていた。
天気予報は当たるだろう。春はすぐそこにきている。
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