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第5話
「凛さん、お疲れ様です!演技、すっごく良かったですよ!」
本日の撮影が終わり、楽屋に現れた敦士が興奮して言い募る。
「そう?良かった」
とりあえず、共演者やスタッフさん達にど下手くそ演技を見せるという醜態は見せずに済んだらしい。
メンバー皆に感謝だな!
「喉乾きましたよね?……あれ?いつものお茶が切れてますね。おれ、ちょっと買ってきます!」
おれはルイボスティーが好きでよく飲んでるんだけど、今日に限って楽屋にそれが置いていない。
……あ、ドラマのスタッフさんだからいつもと違うんだな。
こんな所でも、いつものと勝手の違いを感じるなー。
おれは「別に他のお茶でいいよ」と言おうとしたけど、既に敦士は外に走り出て行ってしまった。
まあ、ここは素直に厚意を受けとこう。
ふとテーブルを見ると、『AshurA LIN様へ』という手紙が置いてある。
ーーファンレターかな?
それとも監督からのメッセージ?
おれは、なんの気無しにその封筒を開けようとした。
……瞬間、指先にピリッとした痛みが走る。
ーー?
おれは驚いて指先を見ると、ジワリと指から鮮血が出ているのが分かる。
その鮮血はぷくりと膨れると、やがてあふれるようにぽたりぽたりと指先を流れて落ちた。
「え?」
おれは、訳がわからずに指から流れ落ちる血をボーッと眺めていると、自販機から戻った敦士が声をかける。
「凛さん〜遅くなりました!ルイボスティーありました……って!手!どうしたんですか?!」
敦士はルイボスティーを乱暴に置くと、おれの方へ走り寄る。
「あ、いや……おれもわかんなくて……」
敦士はおれの手を取ると、ティッシュで指を包んで止血をする。
「とりあえず止血をしてください!」
言われるがままに指を押さえると、真剣な目の敦士と視線がぶつかる。
「……何があったんです?」
「えと……手紙が…置いてあったから、それを開いたら……突然こうなってた」
敦士はおれの言葉に、反対の手に持っていた手紙をそっと受け取ると、ゆっくりと封筒を開ける。
と、封筒の口の部分にキラリと光る何かが貼り付けてあった。
「……カッターの刃……」
何も知らずに手で封筒の口を開けようとすると、必然的に指を傷つける角度で、それは貼られていた。
おれは、サァと血の気が引くのを感じる。
「敦士、大丈夫か?!」
「おれは、大丈夫です……」
敦士はその瞳を少しだけ細めると、慎重にその手紙を置いた。
「凛さん。この手紙、どうしたんです?」
「おれがセットから帰ってきて…楽屋に戻ったら置いてあった、多分」
「そうですか……」
「中には?何か入ってたのか?」
「……凛さんは見ない方が良いです」
「なんでだよ」
「良い内容なわけがないからですよ」
「……ここまでされたんだ、見たい!」
おれはそう言うと、敦士が置いた手紙を手に取る。
「あ!凛さん!」
おれは敦士に手紙を取り返されないように素早く、しかし慎重に手紙を開くと、中身を取り出した。
『LIN どラまノ 出演ヲ やメろ さモなけレバ 殺ス』
「ーー?!」
中に入っていたのは、新聞や雑誌を切り抜いて紙に貼り付けた、典型的な脅迫状だ。
おれは、ぞくりと背中に冷たい電流が流れるのを感じる。
「凛さん!」
敦士に名前を呼ばれ、おれはハッと我に返った。
「あ……ごめ…ちょっと驚いて……」
「……そりゃ、そうですよ。大丈夫なわけないです」
敦士はそう言うと、おれの手から手紙を取る。
「……ちょっと、監督さんたちとお話ししてきます。凛さん、一人で大丈夫ですか?」
「うん…大丈夫」
おれはカラカラになった喉を潤そうとルイボスティーのペットボトルを手に取る。
しかし、手が震えて蓋が開かない。
敦士は無言でおれからペットボトルを受け取り、その蓋を開けると優しく手渡した。
「……まず、先に手当てしましょう。血は止まりましたか?」
「あ、多分……」
渡されたティッシュはかなり血が出たらしく真っ赤く染まっていたが、なんとか血は止まったらしい。
敦士は楽屋の奥から救急箱を取り出すと、手早く消毒をし、滅菌ガーゼを巻き、テープで止めた。
そのまま丁寧に包帯を巻く。
「痛みますか?」
「いや、大丈夫」
敦士はそう言うとおれの指を撫ぜる。
「すみません……おれがちゃんとチェックしてれば……」
「いや、おれが勝手に見たのが悪い。……いつも、敦士達はこんな手紙の処理してくれてたんだな……」
おれ、何も知らなかった。
おれたちの代わりに、誰かが怪我してたりしたかもしれないんだな…。
落ち込むおれに、敦士がおれの手を握る。
「凛さんは何も悪くありません!そもそも、AshurAの皆さんにはこういう類の手紙はほとんど来ないんです」
そう言うと、敦士はおれの治療の済んだ指に軽く口付けた。
ーーえ?!
なにしてんの敦士?!
おれの焦りをよそに、敦士は颯爽と立ち上がると楽屋を出ていく。
「凛さん。おれが帰ってくるまで、楽屋の鍵開けないで待っててくださいね」
「あ、ああ……」
そう言うと、敦士は楽屋を出ていく。
ーーあ、ヤバい……鍵開けるなって言われた途端トイレに行きたくなってきた…。
我慢するか……いや、出来ない!
漏らしたら大事だ!
おれは誰にも会わないようにコソコソとトイレまでの道を急ぐ。
なんでトイレに行くのにこんなコソコソせにゃならんのだ!
くっそー脅迫状の送り主め…!
「ふう」
無事トイレを済ませると、おれは自分の楽屋まで急ぐ。
「ーーLINくん?」
「はい?!」
おれは、突如かけられた声にビクッと飛び跳ねると振り返る。
「あ……良かった、久我さん……」
おれの不審な態度に、久我さんが首を傾げる。
「どうしたの?そんなに驚くような声出しちゃったかな?」
「あ、いや、すみません…そうじゃなくて…」
おれが包帯の巻かれた手で頭をかくと、久我さんは何かを察したのか、頷いた。
「いや、言いにくいことなら良いよ」
「ち、違うんです!えっと……もし良ければ、おれの楽屋で話しませんか?」
久我さんはおれの言葉に驚いたように目を開くと、わかったと頷いた。
おれは楽屋に戻ると、しっかり鍵を閉めて久我さんを振り返る。
「えと、さっきは失礼な態度取ってすみません」
「いや、いいんだけど…何かあったのかい?」
そう問われ、おれは少し迷いながらもさっきあった事を久我さんに話す。
いきなりこんな事話すのはどうかと思ったけど、これで、もし万が一この嫌がらせが共演者まで及んだら嫌だなと思ったからだ。
「そうか、それで怪我を……。嫌な思いをしたね」
「いえ、嫌な思いっていうか……。アンチがいるのはわかってた事ですし、それ自体は仕方ないと思うんですけど……やっぱり直接目にすると怖いってのもあるし、そういうの、おれが目にしないようにスタッフさん達が気を遣ってくれてたんだなって思ったら、なんか情けなくなって……」
久我さんは何も言わずにおれの話を聞くと、うんと一つ頷いた。
「LINくんは、素直な子だなぁ」
そういうと、久我さんはおれの頭を優しく撫ぜる。
な、なんか照れる……。
おれは照れながらもそのまま撫ぜられたままにしていると、徐々にその手がおれの顔へ降りてきて、頬を親指でするりと撫でた。
「く、久我さん……」
「LINくん、マネージャーくんが帰ってくるまで暇だろう?良ければ今からここで次回の撮影の本読みしないかい?」
不意に久我さんの手がおれの顔から離れると、そう言って爽やかに笑う。
「え、良いんですか?」
「勿論だよ。決まりだな」
そうやって、三十分ほど本読みをした頃、第二回のラストシーンまで来た。
なんと、この回のラストは瑞樹と拓海のファーストキスのシーンがあるのだ。
『瑞樹……』
『橘堂さん……おれ……』
『しっ……』
そう言うと、久我さんはおれの顎を掴んで顔を上に向かせる。
そのまま、久我さんの顔が近づいてきて……あと少しで唇が触れそうになった瞬間、ガチャリと楽屋のドアが開く。
「凛さん!お待たせしました……!!久我さん?!」
敦士の言葉に、久我さんはゆっくりとおれから離れる。
び、びっくりしたー!
さすが俳優の演技力、本当にキスされるかと思った……!
「ーー残念。マネージャーくんが戻って来たね。じゃあ、おれはこの辺りで失礼しようかな」
久我さんはそう言うと、去り際におれの頭を軽く撫でて歩いてゆく。
残念って、最後まで本読みできなかったことかな?
おれは久我さんに頭を下げるとお礼を言う。
「あ、久我さん!ありがとうございました!」
おれの声に、久我さんは少しだけ振り返ると、にっと笑って言った。
「ーー拓海って呼んでくれ。仲の良い俳優は皆そう呼ぶ」
「は、はい拓海さん!」
おれがそう言うと拓海さんは満足そうに後ろ手を振ると、楽屋を出ていく。
「……どう言う事ですか、凛さん」
少し怒ったような敦士に、おれは必死で理由を説明する。
「いや、どうしても途中トイレ行きたくなってさ……!トイレに行ったら拓海さんにあって……怪我のこと聞かれて…」
おれはなんでこんなしどろもどろになってるんだ。
「……はあ、本当にあなたは警戒心がなさすぎます!……キスされそうになってるし……」
「ん?」
最後がよく聞き取れなかったけど、おれはとりあえず敦士に謝る。
「ご、ごめん?」
「とりあえず、帰りましょう……しばらく、家でも注意してくださいね?」
「あ、じゃあ今日は悪いけど優の家まで送ってくれる?」
「?優さんの家ですか?」
「そう。一緒にゲームする約束してんの」
おれと優はゲーム仲間だ。
おれは雅紀の時からゲームは好きだったし、今も好きだ。
優もなかなかのゲーム好きで、暇があればオンオフ共にゲームしてたりする。
今日は今やってるオンラインゲームのイベント開始日なんだよな。
撮影が何時になるかわかんないって言ったんだけど、それでも良いからイベントに来いって言われたんだよな。
オンラインゲームだから、別にお互いの家でも良いけど、こんな状況だし俺も一人じゃない方が心強い。
優ならきっと押しかけても嫌がらないだろう…多分。
おれは敦士の隣を歩きながら優へ電話をかける。
『もしもし凛?撮影終わったの?』
僅か1コールで出る優、どんだけ待ってたの。
そんなイベント行きたかったなら先にオンしてれば良いのに。
「おー終わった。で、急で悪いんだけど、今からお前ん家行っていい?」
『………!』
電話口でガタッと何かがぶつかる音がする。
「あ、まずかった?まずかったならいい……」
『今どこだ?すぐ迎えに行く』
「迷惑じゃない?」
『明日はお互い午後入りだろ?大丈夫だ』
「サンキュー。今局だから、今から敦士に送ってもらうよ」
『わかった、待ってる』
やっぱり優はいいやつだなー。
おれは少しだけ気分が浮上しながら、優の家に向かった。
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