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第6話

「急に押しかけて悪いな」 おれは優の部屋のシャワーから出てきて、改めてそう言う。 「いや、いいよ。凛ならいつ来ても大歓迎だから」 優の使ってるシャンプー、いい匂いがするな。 ていうか、匂いがお揃いだ。 「……」 「なに?どうしたの?」 優の言葉に、おれは何の気無しに思った事を言う。 「優とおれ、今同じ匂いだなーって思って」 「……っ!おまえは、本当に……」 優は「はぁ」と額を押さえると、じっとりとした目でおれを見る。 え、なんかダメなこと言った? 「凛は、自覚なさすぎ」 そう言うと、優はおれの頭にかかったバスタオルでゴシゴシとおれの髪を拭く。 おれはなすがままにされていると、しばらくして優がバスタオルを取り上げだ。 おお、ほとんど乾いてる! 優はバスタオルを洗濯籠に放り込むと、おれの横のソファに座る。  「で、撮影はどうだった?」 「皆のおかげで順調だった!……けど」 「うん。その指の怪我の理由は?」 うっ……やっぱり優は目敏い……。 優はすでに用意してあった救急箱から消毒薬と軟膏を出し、風呂場で濡れてしまったガーゼと包帯を外し、消毒を施す。 うっ……ちょっと染みる。 消毒後は抗生剤の軟膏を少しだけ塗ると、ガーゼを当てて、同じように包帯を巻いていった。 「はい、終わり」 「さんきゅ」 「……で?」 「うん、実はさ……」 おれは、今日楽屋であった出来事を話す。 「ーーは?剃刀レター?」 「うん」 おれは優の言葉に頷くと溜息をついた。 見れば、優はおれ以上にその瞳に怒りを乗せている。 「なにそれ。しかも脅迫状?」 おれは、優に言われてあの時のぞくりとする恐怖を思い出していた。 「ーーうん」 おれは頭をかくと優に苦笑いをしてみせる。 「ちょっと流石に今日は一人でいる気分じゃ無くて、押しかけた。ごめんな」 「当たり前だよ!……むしろ、おれを頼ってくれて嬉しい」 優はそう言うと、その長い指でおれの頬を撫ぜる。 「なんなら、しばらくうちに泊まって行きなよ。凛のマンションのセキュリティが悪いとは思ってないけど、局の楽屋まで入ってくるヤツだし…万が一の事があるといけないから、一人でいない方がいいと思う」 優の言葉に、おれは少し考える。 確かに一人でいるのは少しだけ怖いと思ってたから、ありがたい。 「うん、ありがと。優が邪魔じゃなければお邪魔しちゃおうかな…」 「よし、決まりだな」 優はにっと笑うとグラスに飲み物を用意する。 「シャワー浴びて喉乾いたろ」 「うん。緊張もしたしなー」 「演技は上手くいったんでしょ?」 優はグラスにペリエを注ぎながらおれに視線をやる。 「うん。敦士を待ってる間に拓海さんに本読みまで付き合って貰っちゃってさ。俳優って凄いなぁ。第二回のラストシーンでキスシーンがあるんだけどさ、そのシーンなんて本気でキスされるかと思っ……」 「は?!キスシーン?」 ドン、と持っていたグラスをテーブルに置くと、優はおれを見据える。 「うん。キスシーン……っておれ、恥ずかしながら何気にファーストキスなんだよなぁ」 「はぁ?!」 ちょっと、そんな目をしないでくれ! おれは芸能人だから、フライデーとか気にして彼女とか作らなかったんだよ! 言っておくけど、別にモテないとかじゃないよ?多分……。 この歳でキス未経験とか可哀想な子みたいな視線はやめてくれ、悲しくなる……。 優はそんなおれの思考をよそに、何かを思案していた。 「おーい、優……そんな呆れないでよ」 「ねえ、凛」 「え、何?」 「撮影がファーストキスとか悲しくない?」 あー、まあ、それはそうね。 ネタにはなるかもしれないけど、思い出?にはならんな……。 「確かに」 おれの言葉を待たずに、優は突然おれの頬に指をかける。 「?」 おれが優の目を見ると、その強い視線とぶつかる。 「優ーー」 おれの言葉を塞ぐように、不意に優の唇がおれの唇を塞いだ。 「ーー?!」 おれのパニックをよそに、優はおれの唇を啄むようにキスを続ける。 唇の角度を変え揺さぶられると、その隙間から舌を侵入させ、歯列を這わせる。 「……っは」 ぞくりと背中に甘い電流が流れ、おれは思わず声を漏らした。 「……っ優」 優はそれには答えず、さらに深くキスを続ける。 舌を吸い上げ、絡めて甘噛みした。 なんなの、イケメンなんでキスまで上手いの?! 反則じゃない?! おれは、あまりの気持ちよさに頭の中が蕩けそうになりながら、隙間隙間に必死で息をする。 いつのまにか、ソファーに覆い被さるような体勢でキスをされているおれは優のシャツをギュッと掴んだ。 ギ、ギブ……! これ以上されたら腰が抜ける……!! おれはトントンと優の胸を叩くとぐいと押し返した。 優は、それを見て最後にチュッとリップ音をさせて唇を離す。 「……っは。なんてエロい顔してるの、凛」 「なっ……おまえがエロいキスするからでしょ?!」 おれは余裕の優が悔しくて、頬を膨らませる。 「……どうだった?ファーストキス」 どうだったって? 「悔しいけど、すげー気持ちよかったわ!」 ていうか、なんでおれのファーストキス優に奪われてんだよ! 「ふうん。じゃ、もう一回する?」 「は?!なんでそうなるんだよ」 「だって気持ちよかったんでしょ?」 「それとこれとは話が違うだろ!」 「なんだ、残念」 くそう、おまえにとってはお遊びかもしれないけど、おれにとっては心臓バクバクなんだぞ! まったく、イケメンは心臓に悪い……! 「ああもう、早くイベントクリアしに行くぞ!」 「はいはい、怒らないでよー」 優はそう言うと、笑ってスマホを取り出す。 「ところで凛、その指でゲーム出来るの?」 「……あ」 結局、その日はイベントをする事もなく、そのまま眠ったのであった……。 「……はよ」 「おはよ」 おれは、何故かいつのまにか隣で寝ている優を見る。 あれ?なにこの体勢。 いつのまにか抱きしめられて寝てない? 優のベッドはキングサイズだから、男二人が寝てもまあ寝れるけど、こんなに近い必要ある? 優はおれの視線に気がつくと、ニッと笑っておれの額にキスをする。 ……絶対面白がってる。 おれはペシっと優のおでこを叩くと、モソモソとベッドから起き上がる。 「もう起きるの?今日は午後からだよ?」 優はそう言うと、おれの腰に手を回してベッドへ引き戻した。 「もう少しこうしてようよ」 おれは優の腕の中に引き戻されると、その胸にのしかかるような体勢になる。 いやいや、重いだろ。 「わかった、わかったから……」 おれは優の横に寝転ぶと、優は肘をついておれの顔を覗き込む。 「……何?」 「かわいいなーって思って」 「はあ?!」 おれは目の玉を剥くと優の目を見る。 格好いいじゃ無くて? 「いや、もちろん格好いいよ」 だから心の中を読むなって。 おれはため息をつくと、天井を見つめる。 たまに、うちのメンバーはこう変なことを言い出す時がある。 まあ、これだけ毎日美形に囲まれてたら美的センスもおかしくなるのかもな。 あ、それはおれもか。 おれはそんな事を思いながら、再びウトウトと夢の世界へ旅立っていった。 「凛さんと優さん入りまーす!」 今日は引き続きアルバム曲の収録だ。 おれたちは、あの後ちょっとだけ寝坊をかまし、敦士の車では無くタクシーをかっ飛ばしてスタジオに入った。 優曰く『すごく気持ちよさそうに寝てたから、起こすの可哀想で』って事だけど、起きてたなら起こしてくれよ! まあ、間に合ったからいいんだけどさ。 「えー!なんで、凛と優が一緒に来てんの?」 「ああ…昨日色々あってね。これから一緒に住むことになったんだ」 翔太の言葉に、優が何だか含みのある言い方をする。 「一緒に住むってどう言うことだ?!」 清十郎の訝しむ目線に、おれは慌てて訂正する。 「し、しばらくの間だぞ?」 「昨日も気持ちいいこと沢山したし、疲れて起きられなかったんだよね、凛」 そんなおれの訂正を無にするように、優はニヤニヤしながらおれの顔を見る。 くっそー昨日のことでからかってるな……。 「悪かったな!どうせ俺は初めてでしたよ!」 「?!」 「へ?!」 「なっ?!」 清十郎、翔太、一哉がそれぞれ素っ頓狂な声を上げる。 「き、気持ちいい事って……」 翔太の言葉に、おれは顔を火照らせて横を向く。 「おれ……今度の撮影でキスシーンがあるって話したらさ……優にファーストキス奪われた…」 「なんだ、キス……って、はぁ?!」 翔太がホッとしたような顔をしたのも束の間、直ぐにその眉を釣り上げて優を睨みつける。 「おい、どう言う事だ!」 清十郎に詰め寄られて、優は笑いながら答える。 「だって、撮影でファーストキスなんて味気ないでしょ?だから、ね」 「だからって……」 一哉はその形の良い眉毛を寄せると、優を睨みつける。 「なんだよ?」 一哉と優が一触即発の空気になった時、不意にスタジオに声が響く。 「LINさーん!LINさんにお届けものです!」 おれに届け物? 何か頼んだっけ? 大きさは三〇cm×四〇cmくらい。 「凛さん!触らないでください!」 おれが荷物を受け取ろうとすると、敦士が奥から飛んできて荷物を奪い取る。 「なにか、頼んだ覚えは?」 「なにも……」 「ですよね。嫌な予感がします。皆さんは少し離れていてください」 敦士はそういうと、おれたちを箱から遠ざけた。 そのまま、分厚い軍手をして慎重に箱を開ける。 「………っ!」 中を見た敦士が顔を歪めた。 爆発物などは入っていなかったらしいが、あの様子ではどうやら好意的なものとは真逆のものが入っていたらしい。 「……何が、入ってた?」 「皆さんは、見ない方が良いです」 そう言われて、おれは逡巡する。 昨日もそう言われて、見てショックを受けたからだ。 しかし、だからと言って今更中身を見なくても、心のモヤモヤが消えるわけではない。 おれは恐る恐る近づくと、箱の中を覗く。 「……っ!」 箱の中には、AshurAのCD、AshurA特集の雑誌、おれの写真集、おれのグッズなどが、ボロボロに破られたり破られたりして入れられていた。 中でも写真集はナイフで切り刻まれた挙句、表紙の顔の部分に赤いペンキが塗られ、ナイフが突き立てられたままで入っている。 そして、この間と同じような文面。 『LIN ドらマノ 出演を ヤめロ サもなケレバ オ前も コうなル』 おれは情けなくもクラクラと立ちくらみのような状態になる。 フラついたおれを、慌てて清十郎が支えた。 「大丈夫か?!凛!」 「だ、大丈夫……」 「ーーな訳ないでしょ。顔真っ青だよー」 翔太はそう言うと、おれの目の前から箱を遠ざける。 「おい、敦士。これはどう言う事だ」 敦士はため息をつくと、昨日の事を話し出した。

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