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第7話
「なるほどな……」
一哉は敦士の説明を聞き、その腕を優雅に組んで頷いた。
しかし、その姿とは裏腹に、顔には激しい怒りが浮かんでいる。
……美形の怒ってる顔って凄みがあるんだな……。
おれはそんな事を考えながら、淹れてもらった温かい紅茶で心を落ち着けていた。
「今、事務所の方でも犯人を探していますが…まだ見つかってはいません」
敦士は悔しそうにそう言う。
「警察には?」
「昨日の時点で届出をしました」
「一つ聞きたいんだが、その脅迫状というのは、昨日が最初なのか?」
清十郎の言葉に、敦士はピクリと肩を強張らせる。
ーーまさか。
「……実は、ドラマの出演が決まった時から、事務所に同様の脅迫状が届いていました……」
そう言って、敦士は自分のスマホを取り出す。
画面を操作して写真のフォルダを開くと、何枚かの写真を見せた。
そこにはパソコンのワープロソフトで打たれたらしい『LINのドラマ出演をやめさせろ』といった類の脅迫状が何通か写っていた。
「これらについて、事務所と相談したんですけど……凛さんには知らせない方がいいだろうっていう判断になって……すみません」
「いや、敦士たちはおれがショックを受けないように気を遣ってくれたんだろ?ありがとな」
「でも……結果、凛さんを傷つけてしまいました……心身ともに」
敦士はそう言って俯くと、組んでいた自分の手を握りしめた。
「それで、優の家に泊まるってことか」
合点がいった様に、翔太が頷く。
「確かに、この状況では一人でいない方がいいな」
清十郎の言葉に、一哉が言葉を繋いだ。
「だったら、別に優の家じゃなくてもいいんじゃないか?むしろ、居るところを不定にした方が安全な気がする」
「あ、じゃあ毎日おれらの誰かの家に泊まればいいんじゃん?」
み、皆いい奴だ……。
「えー!おれの家って決まったのに!」
「凛だって、ずっと同じやつの家に泊まるよりは、皆の家に分けて泊まった方が心苦しくないんじゃないか?」
あ、それはそうかも。
優にばっかり迷惑かけるの悪いもんなー。
「え、おれは全然迷惑じゃない……」
優の言葉を遮る様に、一哉は言葉を発する。
「じゃあ、決まりだな。今日は誰の家に泊まる?」
え、おれが決めるの?
おれは誰の家でも……と視線を彷徨わせると、清十郎とバッチリ目が合う。
め、目線が『おれを選べ!』と言っている…!
イケメンの目ヂカラすご!
おれは思わず清十郎を指さしていた。
「じゃ、じゃあ清十郎で」
こんな貧乏くじを自ら引き受けてくれるなんて、皆いいやつだ。
おれは紅茶を飲み干すと、ふうと息をつく。
収録も押してきてしまっている。
おれはゆっくりと立ち上がると、軽く伸びをした。
「凛さん、大丈夫ですか?」
「ああ。脅迫状が怖くて芸能人やってられるか!おれは待ってるファンのためにいい歌を歌うんだ!もちろん、ドラマもな!」
「さっすが!」
翔太が囃し立てる。
こんな事でへこたれたら、おれのために奔走してくれてる事務所のスタッフ達にも申し訳ないしな。
そうして、アルバム曲の収録が始まった。
「LIN……なんでぼくの言う事を聞かないんだ……」
ぼくはLINの写真を見ながら歯噛みする。
こんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなに応援してるのに。
こんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなに愛してるのに。
ぼくはLINのブロマイドに頬擦りをすると、はぁ、と息をつく。
LINは歌ってる姿が最高に良いのに。
他のファンに迎合する様なドラマになんか出なくて良いのに……!
ぼくにだけ笑顔を見せていれば良いのに!
画面の中で歌い踊るLINを見て、ぼくは目を細める。
いつか、きみをぼくだけのものにしてあげるよ。
ーーそれまで……待っててね?
アルバム曲の収録も残り二曲のみとなり、今日は早めの解散となった。
おれは敦士の運転する車で清十郎の家へと向かっていた。
優はなんだかご機嫌斜めだ。
「優、ごめんって」
「今日も泊まりに来るって言ったのに」
「決まったことにグダグダ言うのは男らしくないぞ」
清十郎の言葉に、優はウッと口を閉じる。
「ゲームならまたやりに行くから。な?」
「……キスしてくれたら許す」
「は?!」
また訳の分からないごね方をしだした優に、清十郎がよし、と頷く。
「おれがしてやろうか?」
「なんでおまえとキスしなきゃならないんだ!やめろ気持ち悪い!」
「いやまてまて、昨日散々おれにキスしといてそれは無いんじゃない?」
「凛は別」
いや、それ意味わからないし。
そんなやりとりを続けているうちに、清十郎のマンションに着いた。
「じゃあな、優。また遊びに行くから」
「絶対だからね」
そんなこんなで優と別れて、清十郎のマンションに入る。
「すまんな。何にもない部屋で」
清十郎の部屋は性格通り、サッパリとした男らしい部屋だった。
別室には簡易ジムの様なものまである。
「おれこそ急に世話になって悪いな」
「こんな時くらい気にするな。シャワー浴びるか?使い方教えるぞ」
「いやいや、家主から先にどうぞ」
「客からだろう?」
散々揉めて、結局おれが先に入ることになった。
清十郎は頑固ーー意志が強いからなあ。
おれはシャワーを浴び、ほかほかになった状態で清十郎に声をかける。
「清十郎、シャワーお先」
「ああ。じゃあおれも入ってくる。ソファでもベッドでも適当に寛いでてくれ」
流石にベッドはダメだろ……と思ったので、ソファに腰掛ける。
皮張りのソファはフカフカで座り心地がいい。
優の家のソファもいいソファだったけど、清十郎の家のソファもいいなぁ。
そんな事を考えていると、なんとなく張っていた緊張がほぐれて、ウトウトとしてきてしまった。
そのままソファにもたれかかり目を閉じる。
「……凛!」
「……はっ」
しまった、ついウトウトして寝ちまった。
「わ、悪い…寝てたなおれ」
「寝るのはいい。けど、こんな所で寝たら風邪をひく」
その通りです、済みません。
おれは起き上がり、何か毛布でも貰おうと立ち上がると、当たり前のように清十郎はベッドに手招きする。
「……え、狭くね?」
「しかし、うちにはベッドは一つしかないからな」
「いや、おれ、世話になってる身だし、ソファでいいよ」
「かけるものがない。凛がそこに寝ると言い張るなら、おれがそこに行くぞ?」
う、清十郎ならやりかねない。
「わ、わかったよ……」
まあね、男の一人暮らしで余りの布団があるとかあんまり無いかもしれないよね。
おれはもそもそと清十郎の隣に入ると、清十郎は当たり前のようにおれを抱き込んだ。
え、おれ抱き枕扱い?
その逞しい腕にガッチリホールドされて、おれは身動きができない。
いや、あったかいけども。
「せ、清十郎?」
「寒くないか?」
「寒くは……ないです」
「そうか、ならいい。電気消すぞ」
いいんだ?!
いいの?この状況正しいの?
おれは混乱する頭を押えることもできず、ただなすがままに抱き枕と化していた。
「……昨日」
「うん?」
突然、清十郎が暗闇の中おれに話しかける。
「優とキスしたって……」
「あー……」
おれは昨日を思い出して顔を赤くする。
「……どうだったんだ?」
「どうって……なんで答えればいいんだよ。あれは優に揶揄われただけだよ」
「………」
「………」
「上手かったか?」
「そ、れは……上手かった」
なんつー会話だよ。
おれは穴にあったら入りたいくらいの羞恥心で答えた。
おれを抱きしめる清十郎の腕に力がこもる。
「………」
「…なんだよ」
「……おれの方が、上手い」
は?!
何言い出してるのこいつ?!
なんでそんな所でそんな対抗心燃やしちゃってるの?!
「試して、みないか?」
はあ?!
さらに何とんでもないこと言い出しちゃってるの?!
「いや、清十郎何言って……」
おれの言葉を遮る様に、清十郎の唇がおれの唇に押しつけられる。
「……?!」
おれは驚きの余り目を見開く。
目の前には清十郎の端正な顔。
清十郎はちゅ、と軽くリップ音をさせて一度離すとさらに強く唇を押し付けられる。
ゆっくりと唇を揺さぶられこじ開けられると、ぬるりとした舌が口内へ侵入してきた。
歯列に舌を這わせ、逃げるおれの舌を絡め取るときつく吸い上げる。
「……っふ」
暗闇におれたち二人の荒い息が響く。
おれの後頭部をしっかりとホールドした状態で激しく口内を弄られ、おれは頭の芯が痺れた様な感覚に陥った。
くっそ、どいつもこいつもキスうますぎるんだよ!
いつのまにかベッドに縫い付けられる様な体勢になっていたおれのシャツの下に、清十郎は手を滑り込ませている。
ちょ、ま、なに服脱がせようとしてんの?!
おれは蕩かされた頭を必死でフル回転すると、清十郎の肩を力一杯押し返した。
「スト、ストップ…!!わかった、おまえも上手い…充分上手いから……!!」
「……気持ち、良かったか?」
「……何てこと聞いてんだよ!」
おれは顔面から火が出そうなほど赤く染めると、清十郎の顔を手で押し退ける。
「凛……」
その無駄にいい声で耳元で囁くな!
そして耳を齧るな!
「わかったよ!言うよ、気持ちよかったです!!」
おれは清十郎の腕を振り解き、背を向けて眠る。
もう、とてもじゃないけど今は清十郎の顔なんて見えない。
「凛、怒ったか?」
おれの腰に手を回しながら、清十郎はそう聞いた。
「怒っては、ない。でも……それ以上やったらおれ、ソファで寝る」
「わかった。もうしない。だから……こっちを向いてくれないか?」
おれは少しだけ逡巡すると、もそもそと清十郎の方へ向く。
相変わらず、羞恥のあまり顔は見れない。
清十郎はホッとした様に優しくおれを抱き寄せると「すまない」と囁く。
おれはため息をつくと、清十郎の背をポンポンと叩いた。
「怒ってないから。ほら、もう寝るぞ」
まったく、おれはメンバーに甘いな……。
わかっていた事ではあるけど。
そう思いながら、おれは眠りに落ちていった…。
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