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第十五章 使命①
「――お前を殺す瞬間をな!!!」
福本が大きく、包丁を振り上げた――祈が避ける間もなく、刃先は再び腹へと突き刺さった。祈は目を大きく見開き、呻いた。「う、あッ……!」
脳ががくがくと痺れる。腹に激痛が襲う。どうにか福本から離れねば――と後ろに下がろうとしたときに、彼の足が、地面を這っていた祈の手を踏みつけた。「……っ!」
「――ずっとだ」
福本が、低い声で強く言う。
「ずっと、お前を憎んでいた。お前を絞め殺してやりたいと、心底願ってやまなかった」
祈は、肩で息をしながら、福本を必死に見上げる。
「お前に、俺の気持ちが分かるかっ!? 何年も、何十年も、ずっとずっと小説を書き続けて……っ、ようやく、ようやく五十歳で、芥川賞がとれたんだ!」
福本が、振り絞るように声を上げた。
「この……根暗作家がッ!」
根暗作家――というのは作家・ヨルを評するある種の愛称のようなものだった。祈の作品は、暗いテーマを扱ったものが多く、登場人物が悲しい結末に陥ることも少なくない。『青』もそうだ――青しか視認できなくなった、主人公・哀衣は、その彼女にしか分からない青の世界を他人に知ってもらおうと、筆をとり、青色の絵具を使って景色を表現した。独創的な彼女の絵画は瞬く間に評判を呼び、サラリーマンの平均年収を遥かに超えるような値段がつくようになる。もてはやされ、賛美を浴びる哀衣。しかし物語の最後――哀衣はひとり、夜の海へとやってきて、ゆっくりと暗い浜辺を歩いた後、彼女の身体は海底の奥深くまで沈んでいく――そういう結末なのだ。
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