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第十五章 使命②
福本が再び包丁を振り下ろす。祈は間一髪で避けた。どすん、と刃が畳に刺さる音がした。
「っ、お、お前なんか――暗い話しか書けないくせに!」
床から包丁を抜き取った福本が、興奮気味に喚く。その姿を、祈は黙って見つめる。
「たたた、大衆はな! いつだって希望を求めてるんだ! 明るい未来を願ってるんだ! なのに何故っ! お前の暗い小説ばかりが評価されて、俺の作品は見向きもされないっ!?」
反論を許さぬように――祈が何か言う隙を与えないように――福本は、無我夢中で、喋り続ける。天に、訴える。己の存在を、その尊い価値を――神に、これでもかとアピールするように。
「お前の物語はっ、救いがないんだ! でも、俺のは違う! いつだって、希望がある! 未来がある! 救いもある! 神様だっている!」
興奮した口から溢れる、福本の醜い唾が、畳のそこかしこに飛び散った。
「だから芥川賞を取れたんだ! だから評価されるはずだった! なのにお前が……っ、すべてを奪っていったんだ!」
無音の和室に、福本の荒い絶叫の残骸と、彼の吐息だけが響いた。祈は、福本を力強く睨みつけると――彼を、鼻で嗤った。
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