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第十五章 使命③

「……そんなに知りたいなら教えてやるよ」  祈は、血まみれの腹を庇いながら、ゆっくりと立ち上がった。そして、正面から福本を真っ直ぐと見据える。 「お前の本が売れないのは、お前にがないからだ」  祈は、言った。   売れ続けるには――どれだけ多くの読者に愛されるか。  売れ続けるには――どれだけ作家自身が、面白い物語を生み出せるか。  人はその二つを合わせて――『魅力』と呼ぶ。 「お前の本が支持されないのは、お前の心が貧相だからだ」  福本の目がかっと見開かれ、そして、わなわなと全身が震え出す。祈は構わず続けた。腹からの出血に、時折顔を顰めながら。 「ふ、はっ……そんで、心が貧相だから、お前はこんなことをするんだ。……こんなことしかできないんだ。自分は悪くない。悪いのはだ、ってな。いつもいつも――自分が不幸である原因を、自分が恵まれずに不運な理由を、他の人間や世の中そのものや大衆に押し付ける」  祈は福本の胸ぐらを乱暴に掴むと、勢いよく引き寄せた。それと同時に、腹をえぐられる感覚が祈を襲う。福本の包丁が、再び祈の腹に、その肉にめりこむように、深く、深く、突き刺さっていた。 「そんな人間に――人の心を動かせる小説が書けると思うか? 誰かの心を揺さぶる物語が生み出せると思うか? あ?」  互いの額が当たる。鼻さえ触れそうな距離に、福本の怒りと怯えが混じった表情があった。祈は、熱い息を吐き、低い声でこう続けた。 「――大衆は何を望んでる? 日々何を見つめてる? 自分は何を感じてる? 毎日何を想う? 何を望んでどんな景色を眺めてる? そういうことを、全て詰め込むんだよ、小説ってのは」  ――祈は、知っている。  哀衣の、虚無と、絶望を。  ――祈は、知っている。  大切な誰かを失う、悲しみと、痛みを。  ――祈は、知っている。  あの人を独り占めしたい、という果て無き欲望を。その先にある、濃密な嫉妬も、盲目的な衝動も。そして、それを失ったときに訪れる、人間の果て無き孤独を。  ――祈は、知っている。  大切な誰かが傷つけられそうになったとき、頭の中が怒り一色になって、普段自分を司っている理性なんぞ一瞬にして吹き飛ぶことを。我を忘れるほどの暴力性を、自分が秘めていることを。  ――祈は、知っている。  自らの過ちを省みたときに沸き上がる、羞恥心と、己の無力と、謝罪の意を述べずにはいられない、自らの未熟さを。  ――祈は、知っている。  人間は、とても、弱くて脆い生物だということを。いつだって、自分たちは、被害者にも加害者にもなれるということを。  ――祈は、知っている。  誰かと繋がりたい、と、願ってやまない孤独な人間の心を。  ――祈は、知っている。  誰かを、愛したいと、誰かに、愛されたい、と、自分以外の人間と共に、生きてゆきたい、と、心の底から沸き上がる、愛と希望に満ちた、人間の本能を。

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