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第十五章 使命④
「――なぁ、分かるか? もちろん、小説を描くときは、いつだってひとりだ。でもな、例えたったひとりでもな、独りよがりじゃ、駄目なんだ。絶対に、駄目なんだ。分かるか? なぁ。他人を、世の中を、絶対に甘く見るなよ? なぁ。他人を無視して通り過ぎることなんてできない。絶対に、見落としちゃいけないんだ。なぁ、分かるか? それがなくなると、読者は離れていくんだよ。そうだろ?」
自分から零れ落ちる感情や思考を掬い取って、それを他者の視線や心と掛け合わせる。自らを、削いで、削いで、削いで――そうして生まれた数々の魂の叫びを、他者が理解し、共感できるように変換し、作り替えて、文字として、文章として落とし込んでいく。それが、小説なのだ。それが、作家の使命なのだ。それが――物語を描 くということなのだ。
「でも、あんたみたいに心が貧相で、全身の細胞の隅々まで真っ黒に穢 れちまってる屑 な人間には、世の中のそのままなんて見えちゃいない。だから、他人の気持ちだって、分かりようがない。お前の目には、他人の心なんて映らない。どんなときでもお前は――自分だけだ。自分の、幼稚で我儘で刹那的で短絡的な感情しか見えてない。常にそういう感情と思考に支配されてるんだ。分かるか? 要は、薄っぺらいんだよ。お前という人間そのものが。だからお前の小説は――面白くない」
福本は顎を引き攣らせ、ふーっふーっと、口の中で熱い息を立ち昇らせている。
「――そもそもお前に、大衆なんて言葉を使う資格はない」
福本の包丁を持つ手が、動揺でぶるぶると震え始めていた。その震えは、刃先が腹に突き刺さる祈の身体にも響いてきた。
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