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第十八章 罪人②

 福本康晴は、自宅でひとり、ビールを開けて飲んでいた。さびれた部屋だが、自分だけの空間がある――自分の城がある。それは、長い間、服役していた福本にとって、心底有難い環境でしかなかった。  十年前、福本はひとりの青年を殺した――正確には、殺そうとした、だ。もちろん、最初は殺すつもりでいた。けれど、いざ、包丁を手にした自分に対して一ミリも臆することなく、それどころか怒りの瞳を真正面から突き付けてくる青年と対峙すると、それまで感じていなかった己の行為に対しての恐怖心が途端にこみ上げてきて、福本は逃げるように青年の部屋を飛び出し、すぐ下の、自分の和室に駆け込んだ。早々に、警察が来るのだと思った。包丁も置いてきた、指紋もついている――きっとすぐに、青年を殺したのは自分だと判明してしまうだろう――けれど、その日は結局夜まで何も起こらなかった。だが、小心者の福本は全く眠れなかった。この天井越しに、今も血まみれの青年がいるのだと思うと、まるでこの天井を突き破って、あの青年が自分の首を絞めに来るのでは――そんな悪い妄想に取り憑かれた。

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