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第3話
短い春が終わり、佐藤の気持ちを反映したかのようなじめじめした梅雨をなんとかやり過ごす。
そしてジリジリとした焦燥に心が焼けるような夏、心に諦めに似た冷たいすきま風が吹き始めた秋。
季節は駆け足で巡り――
そしてまた冬がやってきた。
日々の仕事に追われ、季節の移り変わりすら
気付かずに迎えた冬。
社畜と言われれば当てはまるような、たまの同僚との付き合いですら会社勤めの枷に思える程には疲弊していた。
そこまで来ている年末の繁忙期を思えば知らずにため息が漏れる。
擦り切れていく感情と蓄積されていく疲労感。
去年はどうやり過ごしていたのだろうか。
早めに残業を切り上げ、クリスマス一色に染まる街を早足で歩く。
12月の風は指先から体温を、つま先から感覚を容赦なく奪う。
電車に乗り込み効きすぎる位の暖房に一息つくと窓に映る自分と目が合った。
乗り換えの駅に着き、ホームを移動する。
冷え込むとの予報通りしんしんと冷えた空気に目が冴えた。
チラチラと風に乗って飛ぶのは小雪だろうか。
しばらくしてホームに普通列車が到着した。
本線への乗り換え客が降り、折り返しまで数分。
誰も居ないはずの列車に乗り込み、息を飲む。
そこに見つけたのは、春以来見かけることのなかった彼だった。
乗客が入れ替わった車内で、スクールバックを抱き込みマフラーに顔を埋めて寝入る制服姿に吸い寄せられるように近づいた。
あと数分で折り返してしまうが、降りなくていいのだろうか?
起こした方がいいのかしばらく迷って、彼の肩にそっと手をかけた。
ぽんぽんと軽く叩いても起きる気配がなく、仕方ないので揺さぶりながら声をかけた。
まだ眠そうな目を擦りながら開けた彼は状況が把握できないようで、訝しげに車内を見回し慌ててホームに飛び出して行った。
一瞬で消えた彼に唖然とし、その慌てぶりに笑いが込み上げて来た。
それまで彼が座ってた席に座り、ほぼ1年ぶりの邂逅に思いを馳せた。
同じ沿線を利用しながら1度も合わなかったことを不思議に思うが、高校生と社会人ならすれ違うこともないのかもしれない。
「あの…」
声を掛けられ視線を上げるとさっき降りていったはずの彼が立っていた。
ありがとうございましたと、はにかみながら笑う彼は降りる駅を乗り過ごし折り返してこの駅まで戻って来たらしい。
今まで一方通行だった視線が交わり、初めて聞く声に気持ちが高揚する。
電車が動き出し、彼が降りるまでの数分間何気ない会話を楽しみ心が温まる気がした。
じゃ、また。
降りていく彼のその言葉にどうしようもない喜びを感じた。
疲れが吹き飛ぶような笑顔に、次を予感させるような言葉。
憂鬱でしかなかった通勤時間が楽しくなるスパイスを手に入れた。
疲れて帰る夜のスパイスを。
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