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第5話

あの日、はると名もない関係になってから数日が過ぎた。そして俺は今更気がつく。 ーーーそういや、連絡先知らねぇな…… 学校でしか話せないのに学年が違うだけで全然接点がなく、未だにはると顔を合わせていない。今までははるのほうから来てたから会えてたんだな…そんなことを考え小さくため息を漏らしながら廊下を歩いていると、一瞬はるの笑い声が聞こえた気がした。無意識に歩く速度が早くなる。階段のほうからだ… 足を止め、声のする方へ耳を傾ける。階段の上から聞こえるのは間違いなくはるの声で、ほんの少し期待した。また、猫撫で声で俺の名前を呼ぶんだと。 顔を上げた視線の先には女の子と腕を組んで階段を降りてくるはるがいた。楽しそうに笑うはると、隣にいる茶髪の女は…何度か目にした記憶がある… そして彼女から一瞬視線を逸らしたはると目が合った。あぁ、なんて声をかけよう。でも俺から声をかけるのも変だよな…… 「……」 「……」 互いに無言だった。はるは間違いなく俺に気づいてるはずなのに何事もなく俺の横を通り過ぎようと歩き出す。 ーーー無視かよ… 俺は苛立ち小さく舌打ちをした。 はるが真横を通った瞬間、勢い任せにはるの手に触れた。ほんの少し、ほんの少しだけ触れた指先はすぐに行き場をなくす。はるは一瞬驚いた表情で俺を見たかと思えば、すっと視線を逸らし何事も無かったかのようにと階段を降りていった。 ーーーなんだこれ…なんで俺がこんなに虚しい気持ちにならなきゃならないんだ…… 胸の当たりが苦しくて掴みどころのない虚しさが残った。それは家に帰っても変わらなくて、気がつけば本当にずっとはるの事ばかり考えるようになっていた… はると階段で会ってからしばらく経っても状況は少しも変わらなかった。避けられてるんだろうか…そう思ってしまうほど、はるを見ることはほとんど無くなっていた。それでもやっぱり人気者の噂は耳に入ってきて、嫌になる。少し前までは急に現れてはちょっかいをかけてきていたくせに… 「あ〜…だるい……めんどくせぇまじで…」 「なに、佑斗体調悪いん?」 スマホを弄りながら机を挟んでケラケラ笑うのは同じクラスで親友の聖逢生(ひじりあい)だ。 「お前最近ほんと機嫌悪いなぁ?なんかあった?」 「……別に、何も無いことがしんどい」 「へ~」 「興味無いなら聞くなくそ聖」 あまり自分の話はしないけど聞き上手で何だかんだいつも相談に乗ってくれる良い奴だ。ただ、たまに俺の反応を見て楽しんでる時がある。今もそんな感じ… 「はぁ~…好きってなんなんだろうな…」 無意識に呟いたその言葉に勢いよく反応を見せる聖は机の上にスマホを置くと身を乗り出し聞いてきた。 「…え、なに!?あの佑斗が恋!?まじで??相手は?誰?あの先輩?」 「食いつきすぎ…てかなに?あの先輩って」 「え?噂になってるじゃん?お前とあの〜なんとかって…いつも女子連れ歩いてる先輩」 「え?」 どうやら前に下駄箱のところでキスされた時の事を誰かが言いふらして回ってるらしい。全然知らなかった。 「で?キスしてた相手ってのがお前だろ?」 「いや、まぁ…でもあれは不可抗力というか…」 「佑斗…お前もしかして…ファーストキスがあの人で好きになっちゃった〜!的な?」 「いや、まさか〜…」 「その反応は図星だろ…まじか…」 聖は何かを察したように一瞬驚いたけど顎に手を置き少し考えるような素振りを見せた。 「男相手にすくになるとかないよな…わかってるんだけどさ…聖?おーい…?」 「…一つ聞きたいんだけどさ。佑斗は先輩にキスされて気持ち悪かった?」 「……いや、いきなりだったしよくわかんねぇ」 「ふ〜ん…でも、あの先輩彼女いるんだよな?」 「そりゃ、そうなんだけど…」 聖は察しがいいから的確に痛いところを突いてくる。わかってる、俺だってはるとあんな事にならなければこんな気持ちにはならなかったし… 「ん〜…よし!そんなに落ち着かないなら確かめるつもりで先輩に会いに行ってこい!」 「え、いや…てかお前変な奴とか思わないの?相手男だぞ?」 「いや?あれ、言ってなかったっけ?俺彼氏いるし。」 「は!?聞いてねぇよ!!!え?まじで??」 「俺のことはいいんだよ!そんなことよりお前はこのまま綾川先輩?と話さなくていいのか?」 「…いや、そんなことって…てか、はるには彼女が」 「言い訳ばっか女々しいやつだな本当に…とりあえず行って来いよ。気持ちぶつけてスッキリしてこい!俺の話は今度はなしてやるから今はお前の機嫌直すのが先。あ、玉砕したら教えろよ?ネタにしてやるから!」 「お前な…ほんといい性格してんな」 聖が重たい気持ちを笑い飛ばしてくれたおかげで少しだけ気が楽になった。確かに今のモヤモヤしたこの気持ちをハッキリさせて楽になりたい……放課後、はるに会いに行こう… 午後の授業を終えて帰宅や部活で騒がしくなる放課後、生徒たちの間を縫うように小走りで、はる達3年生がいる3階へ向かった。 「すいません、綾川先輩の教室って…」 階段でたまたますれ違ったバレー部の先輩にはるの教室を聞き向かった。近づくにつれ足が重たくなっていく気がした。会って何を話す?また、目を合わせてくれなかったら?他人のフリをされたらどうしよう。そんな事ばかり頭の中でグルグル回っていた。 ガラガラ 教室のドアを開けると窓際の席に女子が固まっていた。よく見ると中心に男子生徒の制服が目に入った。一瞬女子達の隙間から見えた綺麗な金髪。すぐにはるだとわかった。 「すいません…綾川先輩に用事があってきたんですが……」 「あれ…君、こないだ階段のとこにいた…」 「あ」 群がる女子の中にあの時の人がいて一瞬背筋がピンとなる。俺を見つけると真っ直ぐにこっちに歩いてくる。すらっとした手足にロングの茶髪が良く似合う綺麗な人だった。 「あやちゃん起こそっか?」 「……いや、俺が勝手に来ただけなんで」 本当はそのまま帰ろうかと思った。この人が彼女かもしれない…そうじゃなくても、あの中にはるの彼女がいるかも……でも、カーテンの隙間を通る風がはるの髪をふわっと揺らすのが視界に入った時、俺は思いとどまった。 「あ、いや…やっぱちょっといいっすか」 「私達もう帰るからあやちゃんに伝えておいてくれるかな?お願いね~!」 女子達はゾロゾロと俺の横を通り過ぎ教室を出て行った。その時先輩たちの会話が少し聞こえた。 「ねぇ、今の子ってあやちゃんの…?」 「うっそ!?マジ?あんなかわいい子!?やっぱりさすがあやちゃんだね~」 ーーー先輩たち…会話丸聞こえなんですが…てか、あやちゃん…? ”あやちゃん”について謎は残ったが、先輩たちはいなくなったので静かにはるのもとに行った。寝息を立てて眠るはるの机の前にしゃがみこみ顔を覗き込む。カーテンが揺れるとその隙間から教室に差し込む西日が、はるの長いまつ毛を優しく照らしてキラキラして見えた。触れると柔らかい髪の毛にすっと手ぐしを通すと擽ったそうに口元が笑う。 「……はる、帰ろ」 誰もいない教室にはるの寝息と自分の声だけが響いた。俺はこの一言で精一杯だった。起こしたあとの反応が怖くて、正直これ以上言葉が浮かばなかった。 「ん…」 ゆっくり瞼を開けて数回瞬きをするとぼんやりと俺を見つめるはると目が合った。ドクンっと大きく跳ねる俺の心臓の音が聞こえてしまいそうで、すぐに立ち上がる。はるはゆっくりとそれを追うように顔を上げた。 「…ゆう、くん?なんでいるの?」 「別に…ここにいるって聞いたから。」 「ふ~ん…ふぁ~!ねむ…」 「…一緒に、帰りませんか…先輩」 「先輩、ね…急にくるからびっくりした。」 「…いつも突然くるのはそっちじゃん」 違う、こんな話をしたいんじゃない。わかってるのに、出てくる言葉は冷たくはるを遠ざける。一向に動こうとせずに両手を上げ伸びをするはる。俺は仕方なく目の前の席に腰をおろしはるのほうに体を向けた。はるは 「…そうだね~、ごめんね。」 「先輩、自分勝手ですね」 「よく言われる~、で?急になに…?」 「……馴れ馴れしく話しかけてきたかと思えば、次は無視ですか…?」 「それは…」 はるはバツが悪そうに薄ら眉間にしわを寄せ俯く。なんではるがそんな顔をするのか理解できず思わずキツイ言い方をしてしまった。 「ねぁ、なんかあるならはっきり言えよ。」 正直イライラした。ハッキリしないはるにも、素直になれない自分にも。きっと、今はっきり言われて傷つくのは俺の方かもしれないのに。それでも、はるが何か言ってくれないと俺は身動きが取れないんだよ… 「…ゆうくん、変な目で見られてない?」 「は?変な目…?」 帰ってきた言葉は思っていた言葉とは全く違って一瞬思考が停止した。 「……うん。俺がバイなのは知ってる子も多いけどさ、ゆうくんはそうじゃないから。キスしてたの見たって子が何人かいてね、俺に聞いてきたの。」 あぁ、聖が話してたあの噂か。でも正直別に気にしてなかったしそれどころじゃなかった。俺は俯き少しの間考え込む…はるはもしかして、それを気にしてあんな態度だったのか…? 「俺が何か言われるのは別にいいんだけど、ゆうくんにまで迷惑かけてるかもって思ったらなんかさ…今もこうやって二人でいると…ね。」 はるの声はいつもよりも静かで、少し低い男の声だった。俺も何か言わなきゃと思いはるの顔を見ようとすると顔を上げると、はるは少し悲しそうな…作り笑いをしているように見えた。 「ごめんね」 少し腕を伸ばし、柔らかいはるの手が、また…あの時のように頭を撫でる。まるで子供を慰めるように優しく撫でるから無性にやるせない気持ちで言葉がすっと出てこなかった。 「…そうっすね……迷惑です…」 「……はは、ごめんごめん。自分のことしか考えてなかった俺が悪いね。みんなにはちゃんと俺からしたって言うから大丈夫だよ!ごめん本当に」 「……本当に、自分勝手」 俺は頭を撫でるはるの手を掴むと、戸惑うはるを真っ直ぐに見つめた。驚いた表情で俺を見るはると視線がぶつかる。 「自分から誘っといて、その気にさせてから捨てるなんて本当に…迷惑…」 「ゆうくん?」 「…そうだな、今までは全部はるからだった」 「なに…?」 戸惑い固まるはるの手首掴んだまま机に前のめりになると、はるを睨みつけながらグッと距離を詰めた。今にも鼻と鼻がくっつきそうな程の距離に固まったままのはる。俺はそのまま下唇を悪戯程度に甘噛みした。 「…っ!?」 「逃げんな」 「ちょ、んっ……!!」 逃げないように、離れないように頭の後ろに手を伸ばしさらに引き寄せる。舌をねじ込み歯の裏側をなぞるように滑らすと一瞬はるの吐息が漏れた。甘ったるい…俺の好きな声…… 「…は…ぁ…ッ、!」 「…っ、これは、はるからじゃなくて俺からしたキスだ。一方的にされたんじゃなくて俺がしたくてした。」 「…な、何が言いたいの?」 ほんの少し潤んだ瞳でこっちを睨みつけながら、口元から垂れた涎を制服の袖で拭うはる。さっきまでのイライラは少し収まったもののその姿に不覚にもドキッとした。 「…俺の気持ちも聞かずに勝手に離れようとするなって話。言ったよな?俺はるの事好きなんだよ。」 「…え、あ…うん……?」 はるは困惑した表情を見せた。あの時の言葉はやっぱり聞こえてなかったらしい。あの状況なら仕方がないか…困らせついでに言いたいこと全部いてやろうと思い、ボソボソと愚痴をこぼした。 「はぁ……目の前で女と腕組んで?無視するし?迷惑かかるからってあの事も無かったことにしようとしてんだろ?」 「え?何?ちょ、待って…ゆ、ゆうくん落ち着いて?だって俺といたら男と付き合ってるってバカにされるかもしれないよ?」 「知らねぇよ…他のやつに何言われてもはるの事が好きなんだから。好きになったやつがたまたま男だっただけだろ。俺の前で女と腕組んでヘラヘラ笑ってんじゃねーよ」 あわあわとテンパるはるの姿を見て、我慢できずに吹き出した。無視されたことに腹が立っていたはずなのに、それは自分を気にしてやっていたことだと分かると余計におかして笑いが込み上げてくる。はるは目の前で大笑いする俺を見て更に混乱した表情でこっちをみていた。 「????」 「……まぁ、そんな感じです」 「え?何???」 「いや、ふっ……ごめ、別に怒ってないっすよ。はるの反応が面白くてつい」 「は、はぁ〜〜〜〜????」 「仕返し…もう少し、俺の気持ちも考えてくれるといいのになーって」 はるは俯いて黙ってしまった。きっと何か理由があるんだろう、そうじゃなくても惚れたほうが負けって言うし…俺は俯いたはるの頭をポンポンと撫でるとそのまま話を続けた。 「……まぁ、彼女持ちなのは最初から知ってるから…でも、無視はキツイからやめて」 「うん…ごめん。」 「あのさ……彼女の事聞いてもいい?」 「その事なんだけど…」 はるは俯いたままぼそっと小さな声で呟く。 「彼女とは別れた。」

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