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【一也視点】7.俺が逃げたせいで
翌週、職場での金子は至って普段通りだった。
改めて謝るべきだろうけど、そんな話をさせる気はないとでもいうようにあいつはいつも以上に明るく振る舞っていた。
「先輩~~!お昼一緒に行けますか?」
「あ……と、いや、悪いちょっと俺用事あって」
「そうですか。じゃあまた今度一緒に行きましょうね」
金子は先日のことなんて何もなかったかのように俺に仕事の質問をしてくるし、こうやって昼飯にも誘ってくる。
だけど俺は一見して違和感が無い程度にあいつと距離を置こうとしていた。
もちろん聞かれた質問には答える。だけど、頼まれもしないのにこちらから世話を焼くのはやめるようにした。これは金子と寝たからというわけじゃなく、その前からチーム内の雰囲気維持のためにもそうしようと思っていたことだ。
昼食の誘いを断ったとき、金子は以前ならしょんぼりして去って行ったはずだ。だけど今日は笑顔で手を振って外へ出ていった。
あいつもきっと普通を装ってるけどあの日のことを気にしているのは間違いない。
◇◇◇
俺はその後も大体1人で弁当を食べるようになり、いつもの通りその後自販機でコーヒーを買って飲もうとした。すると以前金子のことで俺との仲を疑ってニヤニヤ笑っていた島本が声をかけてきた。
「よぉ。お前最近金子と仲良くすんのやめたのか?」
「ああ?なんのことだよ」
「前はべったりだったのに喧嘩でもしたか?」
「後輩と喧嘩なんてするわけあるかよ」
「ふーん。お前があいつに構うのやめたなら誰かが仕事のフォローしてやらないとなぁ?」
俺は島本を睨んだ。
「何が言いたいんだよ」
「俺が金子の面倒見ようかって話」
「好きにすればいいだろう」
島本はにやっと笑った。
「へへっ。可哀想に金子、お前にまで見放されたか」
「そんなんじゃないって言ってるだろう。別に普通だよ。元々ただ質問されたら答えてただけだ」
そうだ。俺だけにべったりになってたら金子もチーム内の他の人間と益々溝が深まるばかりだ。島本が面倒見るというならそうしてもらえばいい。
◇◇◇
それから言葉通り島本は金子の面倒をよく見るようになった。何かあれば俺に聞きに来ていた金子も、島本にフォローされて次第にこちらより島本に質問に行くようになった。
昼飯もよく一緒に出ていくのを見かける。
最初はそれで金子も嬉しそうにしていた。俺以外の奴にちゃんとフォローしてもらって、仲良くなれてほっとしていたみたいだ。
しかし時が経つに連れ、金子の顔色が段々悪くなっていくように見えた。
仕事中金子が島本に指導を受けているときにふと金子と目が合った。青白い顔でこちらをじっと見つめていたが、島本に促されて俺から視線をそらした。
なんとなく違和感があったが、俺も仕事が忙しくなって深く考えずに流してしまった。
◇◇◇
それからしばらく経ったある日、上司から島本を呼んで来てくれと頼まれた。
どこに行ったんだあいつ?
オフィスを見渡すが、金子の姿もない。一緒にどこかへ行ってるのか……?
俺は島本が行きそうな場所をあちこち覗いてみたが、給湯室にも、自販機のところにも、トイレにもいない。諦めてデスクに戻ろうとしたが、廊下を歩いていたら資料室のドアが目に入った。
何か資料を取りに来ているのかも、とドアを開けると誰かが言い争う声が聞こえた。
「嫌だって言ってるでしょう!仕事中ですよ、早く戻らないと……」
「良いから黙ってやれよ。早くしろ」
「うぅっ!やめ、んっ」
金子と島本の声か……?
資料室の奥へ進み、棚の陰を覗いたら島本が金子を跪かせて自分の性器を顔に押し付けているところだった。
「おい!何やってるんだよ!?」
俺は島本を突き飛ばした。
「大丈夫か、金子?!」
「あ……倉橋先輩……?どうして……」
「痛ってぇなあ、倉橋。いきなり何すんだよ」
よろけて棚にぶつかった島本がこちらを睨んでくる。
「それはこっちのセリフだ。ふざけるなよお前、金子に何しようとしてたんだよ!」
俺は島本の胸ぐらを掴んだ。しかし島本は鼻で笑いながら言った。
「ああ?お前だって同じようなことやってたんだろ?」
「なっ、俺はこんなことしてな……」
しかし俺は自分がしたことを思い出して口ごもった。
「ほらな?それに俺はちゃんとお前に確認しただろう、金子の面倒みるぞって」
「なんだって?」
「離せよ、シャツが皺になるだろ」
島本は俺の手を乱暴に振り払った。
面倒を見るって……こういうことをするという意味だったのか?
俺は自分の迂闊さに腹が立って歯を食いしばった。
「島本……課長が呼んでる。すぐに行け」
「ふん、これくらいで熱くなるなよ」
「黙れ」
島本は襟元を正すと部屋を出ていった。俺は床にへたり込んだままの金子を抱き起こした。青い顔で呆然としている。
「どうしてここに……」
「大丈夫か?怪我はないか?」
「先輩にだけは知られたくなかったのに……」
「おい、どうしたんだ?何があったんだよ」
「島本さんが……」
その後金子に聞いたところによると、島本が最初は優しく指導してくれるようになって打ち解けるようになったという。しかし、ある日内部監査へ提出する資料作成で金子がミスをした。それは下手をすると不正を働いたと見なされかねないミスで、監査室の人間と仲のいい島本がもみ消してくれると言い出した。
金子は意図的にやったことではないから上司に相談すると言ったが、こんなミスがバレたらこのチームにいられなくなるぞと脅された。それでも金子は正直に言うと頑張ったらしいが、島本はそこで更にこう言ったそうだ。
「じゃあ俺はお前に色仕掛けでわざと数字を改ざんするように言われたって証言してやるよ。そうだ、ちょうどいい。倉橋も同じようにこの件に関わったって言ってやろうかな」
金子は俺の名前を出されて急に恐ろしくなったと言った。
「先輩に迷惑がかかるのだけは絶対避けなきゃって思いました。それで仕方なく監査室の人にお願いすることにしたんです。でも、そのせいで今度は島本さんが僕に言うことを聞けって仕事が終わった後に……口や手でいやらしいことをさせられるようになって……」
そこまで言うと金子は泣き出してしまった。このままでは仕事にならないと思って、彼を休養室へ連れて行った。
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