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10.回復と疑問

その後俺は寝てばかりの日々を送っていた。 痛み止めなどの薬を飲んでいるが、それに睡眠剤が混じっているのかとにかく常に眠いのだ。 寝たほうが治るから、と文月は言った。 俺はたまに目を覚ましたとき彼がいれば少し話すし、眼が覚めて誰もいなければ誰とも話さないで一日を終える日もあった。 何日経過したのかわからないが、左目の眼帯を外していいと言われてやっと両目で物が見られるようになった。 ここに来て初めて鏡で自分の顔を見た時、叫んで倒れかけた。 左半分が腫れて青黒くなり、まるで別人だったのだ。 文月はよくこんな顔と平気で喋れるなと思った。  眼帯を外した顔を見るとまだ青み――だんだん黄色くなって来た――があるものの腫れはかなり引いて最初よりは見られる顔になった。 でも、この顔を見ていると「なんで生きてるんだろう」とふと思ってしまう。 肩や肋骨もまだ痛むが身体を起こすこともできるようになり、今は手すりに捕まってなんとか自力でトイレに行くこともできる。 部屋は個室で、室内にトイレとシャワーが付いておりホテルのようだった。 ノックの後文月がやってきた。 「今日はこれからシャワーを浴びても大丈夫だそうですよ」 「本当?やったぁ。ずっと気持ち悪かったんだよ」 「お手伝いしますね」 「え?大丈夫だよ」 「転倒したら危ないので」 「そう…?じゃあお願いしようかな」 文月はここの医師ではないそうだが、簡単な介助や湿布の貼り替えなどはタイミングが合えば文月がやってくれた。 俺は文月の手を借りて立ち上がった。腰に手を回して支えてくれる。 手伝いを一度断ったものの、実際には服を脱ぐのすら1人では出来なかった。 全部脱がせてもらって、また支えてもらいながらシャワー室に入る。男2人で入るには狭い。 水を出したら明らかに文月まで濡れてしまう。 「ここからは1人でいいよ。また服着る時頼む」 「いえ、危ないんでダメです」 「でも濡れるよ?」 「じゃあ僕も脱ぎます」 文月はさっさと服を脱ぎ始めた。 ここまでしてくれるなんて良いやつだな。 今まで周りに敵意ある人しかいなくて、親切にしてくれるのは家族を除けばホテルなど有料サービス以外ほとんど無かったから驚いた。 上半身を脱いで、下半身はズボンの裾を膝まで捲り上げた文月が浴室内に入って来た。 胸板が厚く、堂々たる体躯だ。 「すごい身体だね。何かスポーツやってた?」 「最近はボルダリングにハマってます」 「へー…すご…」 それでついた傷なのか、胸や背中に細かい傷跡がいくつかあった。 貴公子っぽい顔なのに身体はワイルドなのがギャップですごくモテるだろうなと思った。 バスルーム用の椅子があり、そこに座らされる。 「お湯でまず流しますね」 文月はシャワーのお湯を出した。 「熱くないですか?」 「うん、なんか美容師みたいだね文月」 文月はくすっと笑った。 俺は不思議なことに文月と居ると肩肘を張らずに自然体で過ごすことが出来ていた。 久々に会ったのがあの最低最悪の状態だったから、あれ以上見られて恥ずかしいことなんて無いしな。 文月は俺のことを全身泡だらけにして洗ってくれた。 俺はあんな目に遭った後で男に触られるのは怖いかと思ったけど、身体が大きなαなのにちっとも怖くなくて不思議だった。 「流します」 シャワーで泡を流して終了。 タオルで拭いて、新しい服を着せてもらった。 そしてまたベッドに横になる。 「すごくさっぱりした。ありがとう」 「顔も身体も段々良くなって来てますね」 文月は優しく微笑んだ。 シャワーを浴びてスッキリしたところで、俺はずっと気になっていたことをやっと口にした。 「俺、会社も無断で休んでるよな。家族にも何も言ってないし」 会社を辞めると桐谷にメールはしたものの、退職届の提出はまだだし無断欠勤扱いになっているだろう。 もはやそんなことはどうでもよかったが。 「会社やご家族へは大迫さんが全て連絡してくれていますから安心して下さい」 「え?そうなんだ…」 「ご家族に会いたいですか?誰か呼びましょうか?」 俺は首を振った。 「………いや。会いたくない」 文月は俺の言葉を聞いて黙った。 俺は更に続けた。 「なんで俺を助けたんだ。俺なんて死んだほうが良かったのに」 「…神崎さん…」 「助かってももう行く先もないんだ。だからどうせなら死にたかった…もう生きていたくない…なんで助けたんだよ。あのまま死にたかったのに」 文月は難しい顔をして押し黙った。 ただの大学の先輩からこんなこと言われても困るよな。 八つ当たりだってわかってる。 助けてくれたのにこんなこと言うなんて筋違いだ。 でも、理由を聞く権利はあるはずだ。 「ねえ、そろそろ俺がここに連れて来られた経緯を教えてくれない?なんで文月は大迫を知ってるの?」 文月はチラッと腕時計を見た。 「わかりました、お話しします」 そしてベッド横の椅子に腰掛けた。

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