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11.礼央の告白

「大迫さんを今雇っているのは僕なんです」 「え、文月が?!なんで?」 「あなたに会うためでした」 はぁ?俺に会うため? 「僕はしばらく海外にいて、先月こっちに帰って来たんです」 文月は思った通りαで、Ω側が服用する抑制剤とは別にα向け発情抑制剤の開発に関心を持っていた。そして大学時代にαの発情に関する研究で画期的な発見をしたことで特許を取得。ライセンス契約を結んだ製薬会社と共に新薬を開発して莫大な利益を得た。それを元に学生時代既に海外の名のある製薬会社の代表者と共同名義で会社を立ち上げていたのだそうだ。 医学部を卒業して医師国家試験に合格した後はグラスゴーに移り住んで先月まで大学で研究員をしていたらしい。 今回は彼が経営に携わっている製薬会社の日本支社開設に際して立会いのために帰国したとのことだった。 「それで日本に帰ってきてまずあなたに会おうと思ったら、あなたが婚約を解消したと耳にしたんです」 「そんなことまで知ってたの?!」 恥ずかしい。大学時代の後輩にまで知れ渡ってるのか。 「はい。それで、詳しいことを知ってそうな人物を調べて…あなたの付き人だった人が仕事を外れているのを知りました。それが大迫さんでした」 ん?なんでそこまで調べたりするんだ…? 大迫は俺の付き人をやめた後は桐谷家の別の護衛担当に就いていた。 そこへ文月が接触し、俺の会社での出来事まで聞いて驚いたという。 そして、大迫を引き抜いて俺の行動を見守っていたのだそうだ。 「勝手にこんなことして申し訳ありません。でも、婚約解消と聞いてもうなりふり構わずあなたを手に入れようと心に決めたんです」 「はぁ…?」 手に入れる…ってこの男は何を言ってるんだ? 「先輩覚えていますか。僕が大学時代にあなたに結婚して欲しいと言ったことを」 「え?そんなこと…言われたっけ…?」 「あなたは当時既に桐谷さんと婚約していましたから、もし万が一婚約解消にでもなった時は僕と結婚して欲しいと言ったんです」 あぁ…そういやそんなこと言われたような。 でも冗談としか思わなかった。ガリ勉くんが何か言ってるなぁくらいにしか… だって、その時の文月は勉強にしか興味無いようでボサボサのくせ毛に分厚い眼鏡で顔もよくわからないような風体だったんだ。 とてもじゃないけど、結婚とか恋愛に興味があるように見えなかった。 「僕はあなたをひと目見たときからわかっていました」 「何が?」 「あなたが僕の運命の番なんです」 「え…運命の番?」 都市伝説の?! 俺が思いっきり訝しげな顔をしたのを見て文月は苦笑した。 「信じていませんね。無理ないですよね。神崎さんは僕に何も感じていませんね?」 そうだ。運命の番ならお互いに何か感じて即座にそれとわかるはずだ。 「うん…ごめん。悪いけど別に何も…αだなぁとは思うけど」 「それで十分です。普通のΩだったら僕がαだとすら気づかないでしょう。見た目で予想することはできてもね」 ちょっとよくわからないな… 俺はどんどん混乱してきた。 「僕は最初にあなたと話したときからずっとαの性質を抑える薬を服用していました。なので、大学の頃僕がαだとは気づかなかったと思います」 「そうだったの?」 それで当時αだと思わなかったのか。 ていうかα向けにもそんな薬あったんだな。 「はい。今はもう隠す必要がないので、当時より弱い薬しか服用していません。だから運命の番であるは僕がαだとわかる。でも他のΩにはわからない程度に薬で抑えています」 「はぁ…でもなんで?αが薬飲む必要ってあるの?」 Ωのフェロモンを抑制するのはわかるけど、αを隠す意味ってある?というかむしろ抑えたら勿体なくない? 「僕は甲種αなんです」 「ええっ!甲種!?」 「はい。それでちょっと力が強すぎて暴走しがちで…他のαやβを無意識に威嚇してしまって周りが萎縮してしまうんです。逆にΩは発情期でもないのに発情が誘発されたり…。それでずっと人間関係に困っていました」 「それは…大変そうだね」 なんとなく想像できた。 「そんなとき医師の伯父に勧められて自分でαの力を抑制する薬を開発したんです。大学の頃は人体実験を兼ねて自分でつくった認可前の薬を飲んでました」 なるほど、そうだったんだ。 αにはある程度いるとは聞いていたけど実際に甲種の最上級αに会ったのは初めてだった。 甲種αはトップアスリートや、政治家、官僚などにはよくいると言われる。しかし一介のサラリーマンの俺には縁がなかったので乙種のαまでしか会ったことがなかった。 「大学の時、あなたが運命の番だとわかって僕は悩みました。僕が薬を飲まずにあなたの前に出ていけば、すぐにでもあなたを僕のものにできました。それほど力が強いんです。でも、あなたには婚約者がいて、人生設計ができあがっているのを直接あなたの口から聞きました。だから、僕の存在に気付かれてはいけないと思って強い薬を飲んでバレないようにしていました。」 そうだったんだ…つまりそれって俺のためにってこと? 「でも、薬を飲んでいてもあなたの顔を見たくてしかたなくて…学部が違うのに、理由をつけてあなたに会いに行きました。あなたは僕のことをなんとも思っていなくて…それでも僕はちょっと話をするだけで幸せでした。触れなくても、傍にいるだけで天国にいるみたいないい香りがするんです」 そのとき俺を見た文月の目に、これまで見たことがないような感情が渦巻いているのに気づいた。 それは優しい波のように俺を包み、静かで心地良い気分にさせてくれた。 桐谷が俺を見る目からは一度として感じたことのない不思議な感覚だった。 「神崎美耶さん。あなたがいらないならその命、僕に下さい」 「は…ぇえ?」 急にそんなことを言われて、ふわふわした気分が吹っ飛んだ。 「あなたはいらないと言いますが、僕はあなたのことが喉から手が出るほど欲しかったんです。ずっとずっとこのときを夢見てきました。あなたにプロポーズするのを」 「いやプロポーズって…婚約破棄のこと聞いたならもう知ってるだろ?俺は不妊なんだ。不妊のΩに何の価値もないだろう」 「関係ないです。俺が欲しいのは子供じゃなくてあなたですから」 えーと…どういうことか理解に苦しむな。 俺はΩの名門家系に産まれて、αと結婚して優秀な子どもを産むのが至上命題だと教え込まれてきた。 なので、俺自身を欲しいと言うαがいるとは思ってもみなかった。 しかも、甲種αで超優秀な男が不妊の俺を欲しいだって? 「いや、だめだ。お前のその綺麗な人生の汚点になりたくない」 するとすかさず文月が真顔で言った。 「僕は綺麗なんかじゃないです。想像の中であなたを何度も何度も犯しました」 「えっ!?」 俺は腹をナイフでえぐられたような衝撃を受けた。 恥ずかしくて顔が火照ってくる。 つい今しがた大学の頃から結婚したかったんだと青くさい告白をしてきた男がいきなりこんな事を言ったので俺は驚いてしまった。 婚約者の桐谷と初めてセックスしたときでさえこんなに心を動かされはしなかった。 おかしなことを言われて動揺したせいで心拍数が上がって苦しくなってきた。 「だから僕のものになって下さい。もう待ちません。後悔しているんです、あのとき強引に奪っていればあなたをこんな目に遭わせずにすんだのにって」 「それとこれとは関係無いだろ…」 「何を言っても無駄ですよ。断られたら僕が次のとき薬を飲まずに来るまでです。こんな強引なやり方は本当は性に合わないのですが、あなたは見かけによらず強情なところがありますし」 「えーと、でも…」 俺はなんとか断る理由がないかと考えた。しかし文月は畳み掛けるように言う。 「行く当てもないと言いましたよね?なら僕のところに来てくれれば良いんです。お願いだから”はい”と言ってください」 文月は身を乗り出して俺の手を両手で握った。 「さあ言って」 俺は気圧されて頷いてしまった。 「はい…」 「ありがとう。ああ……」 文月はため息を漏らして天を仰いだ。 「やっとあなたを大切に出来るんだ。最高の気分です。愛してます!」 「はぁ」 俺はまだ頭の整理が追いつかなかった。 「すいません、こんなこと言われても迷惑ですよね。でも嬉しくて」 迷惑だなんて事はなかった。 ちょっと目を赤くして喜ぶ文月を見ていると何故か俺も嬉しくなって気分が高揚してくる。 「いや、俺もお前の喜ぶ顔見たら嬉しくなって来…」 そう言いかけた時、更に鼓動が激しくなった。 「うぅ…っ」 俺は苦しくて胸を押さえた。 「神崎さん?どうしました?」 「くるし…なにこれ…っはぁ、はぁ…」 まるで発情期(ヒート)の時のように熱くて胸が苦しい。 「まずい、まさか…俺の感情に引っ張られてるのか?」 文月がナースコールを押した。 「すみません、患者がヒートを起こしてます。すぐに抑制剤をお願いします」 本当にヒートだったのか。もうそんな時期か? 早くなんとかしてくれ… 「今すぐに薬が来ますから」 「文月…苦しい…たすけて…」

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