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12.忘我と陶酔

「助けて…文月…」 息が苦しい。ヒートってこんな苦しかったっけ? 文月は申し訳なさそうに謝ってくる。 「すみません。僕が不注意でした。嬉しくてつい感情的になり過ぎました」 そんな謝罪は要らないからこれをなんとかしてくれ! 「キスしてお願い…!お願い…キス…」 俺はうわごとのようにキスを強請(ねだ)っていた。 文月はそれを聞いてしばらく険しい顔で迷っていたが、顔を近づけて言った。 「身体には指一本触れません。だから許してください」 俺はキスしてもらえるとわかって喜びに震えた。上品なキスをするつもりはなかった。 薄く唇を開け、舌を差し出すいやらしい仕草で文月の口付けを誘った。 それを見た文月が形の良い眉を苦しそうにぎゅっと寄せた。 「ごめんなさい先輩…」 謝らなくていいのに。 自分の舌先が彼の唇に触れたと思った瞬間、目の前が白く明滅し、あまりの快感に全身がゾクゾクと粟立った。 ――怖い…! 気持ち良過ぎて、恐怖に近い感覚だった。 身体に力が入り、治り切っていない肩や肋骨が痛むがその痛みすら快感に変わった。 こんなの知らない… 無我夢中で唇を合わせ、舌で貪った。 ドロドロに溶けるまでこの男と離れたくない… 「あふっ…んぅ…ん…」 そうしているうちに、頭の中でパチンパチンとパズルのように何かが嵌まるような気がした。 ――思い出した。 大学で俺に幾度となく話しかけてくる文月のことを。 初めて喋ったときのこと、一緒に図書館で本を探したこと、俺と桐谷が一緒にいるのを遠くから見ている文月の姿。 俺の記憶に無かったようでいて、実際には見て知っていたのだ。 薬で隠されていたαの性質を俺は本当はどこかで感じ取っていた。 そして、ずっとこうしてキスしてみたかった。 「思い出した…DAHL(ダール)…はぁ…はぁ…文月のつくった薬…」 「覚えてたんですかそんなこと?」 「うん…急に思い出した…」 そしてまたキスする。文月は宣言通り、指一本たりとも俺に触れる事はなかった。   俺の頭の上で両手の指を組み、枕に肘をついた状態で口付けしてくる。 ――本当は全身触って欲しい… 怪我をしていて良かった。でなければ俺の方から襲いかかっていただろう。 今は痛くない方の手で文月の背中にしがみつくのが精一杯だった。 自分でも驚いたことに、文月とキスしただけで「この男に孕まされたい」という思いで頭がいっぱいになってしまった。 不妊のくせに笑える話だ。 「もっと…もっとして…文月」 「礼央っで呼んで下さい」 「礼央…んっ…ふぁ…礼央……」 「美耶さん…可愛い…美耶」 俺は口の周りを唾液でベタベタにさせながらいつの間にか射精していた。ヒートのせいで後ろの穴からも雄を受け入れるための粘液が溢れ出しており、さっきシャワーを浴びたばかりだというのに下着の中はぐっしょりと濡れてしまっていた。 俺がキスの余韻に浸って息を荒くしていると文月は口元を拭いつつこちらを見下ろした。 その目には先ほど穏やかに話していた時とは違った情欲の翳りが見えた。 「美耶さん…想像よりずっと色っぽくてすごく……いえ、まだ身体が治ってないのにこんなことしてごめんなさい」 文月は俺の顔を軽く拭いてから名残惜しそうに身体を離した。 そこへ看護師が抑制剤を持って部屋に入って来た。すぐに注射される。 このまま抱かれたかったと、とんでもないことを思いながら俺は眠りに就いた。

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