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第1話 6月25日 0:00 はじまりの楔

 俺の欠片がいくつにも千切れて四散した――  ここではないどこかの世界で、そう認識していた。    ※※※ 6月25日 0:00 はじまりの楔 「ぅんん……えっ?」  身体の中に籠った熱を堪えきれず吐き出してふと気付く。 「……え、え?」  ここは、何処だ?  俺は、何してるんだ?  周囲はほんの僅かな光源があるものの、ほぼ真っ暗に等しい状態。  俺の身体は重力も感じられないほど柔らかい場所……ベッドらしきものの上に横たわっていた。  手を動かせば指先でふわりと動くのは、毛布だろうか。  それを直に感じている俺は、どうやら衣服などを全く身に着けていないようだ。  そして、俺の背中を中心に全身を包み込むように密着している熱い存在は…… 「どうしました?」 「あ……んっ」  優しいが熱っぽい声に、耳元をくすぐられる。  それどころではないにも関わらず、その僅かな刺激に思わず身体がひくりと跳ねた。 「どうかしました? 先輩……ふふっ、文(あや)さん」 「……え、んっ、な……っ」  声の主はその反応を面白がっているように、あえて呼気で耳元をくすぐる。  俺はというと、混乱したままその刺激をなんとか身を捩って避けようとすることしかできなかった。  いや、ぎゅっと抱きしめている腕が、それすらも許してくれはしない。  それどころではないにも関わらず、その腕の強さが、息の熱さが俺を昂らせる。 「あ……あぁっ」  身体の中から込み上げてくる理解しがたい感覚に混乱しながら、俺は必死で考えを纏めていた。  一体なんで、こんなことになっているんだろう。  俺は――たしか、途方に暮れて道を歩いていたはずなのに。  周囲を確認しようにも、どうやら屋内らしきこの場所は暗くベッドサイドにわずかな照明が灯っているだけ。  まるで、夜のようだった。  ついさっきまで、真昼だったはずなのに。  そして……文。  相手は、俺の名前を知っている。  女のようだからとあまり人には名乗らない名前なのに。  そして俺のことを先輩と呼んだ。  そういえば、どこか聞き覚えのある声だった。  そしてこれが一番の衝撃なのだが……優しくて低いその声は、男のものだった。 「……あっ」  誰の声だったのか記憶を探ろうとした矢先に、耳に新たな刺激が走った。  息とは違う、温かく柔らかい感触。  舌だ、と気付いた時にはそれはもう動いていた。 「あ……あっ」  優しく耳朶を這い、そして俺を味わうかのように耳の中へと伸びてくる。 「ひゃ……あっ」  それは俺の思考を止めるには十分すぎる程の刺激。  こいつが誰なのか。  そもそも、俺はどうしてこんなことになっているのか。  そんな、重要な思考がこいつの舌によって舐め取られ薄れていく。 「やっ……だ、めだ……」  そう、駄目だ。  こんな訳のわからない状況で、流されるなんて。  そして、このまま流されてしまったら、その先には一体何があるのか…… 「何が駄目なんですか?」 「ひゃうっ」  舌が耳の奥を嬲る。  容赦なく蠢き貪る舌は、まるで俺の耳を犯しているようだ。 「あ……な、なん、で……」  混乱と同時に、湧き上がる違和感。  そしてそれを凌駕するほどの、理解できない感覚。  それに自身の舌すら震えさせながら、必死で言葉を探す。  この状況を少しでも解決できるだけの、言葉を。 「なん、で……」  やっとのことで組み上がったのは、疑問文だった。 「何でって……」  それを、相手は平然と受け止める。 「言ったでしょ? 何度でも、愛してあげるって」 「んん……っ」  謎の深まる言葉と共に、最後の仕上げとばかりに相手は俺の耳を甘噛みする。  今までとは違った感触、そして鋭い刺激に再び俺の身体は反応してしまう。 「……もっと、愛してあげますよ」  何度も……何度でも。  その言葉に、だけどほんの少し理解した部分もあった。  ずっと感じていた、違和感の正体。 「ひぁ……っ」  相手は俺の耳を解放し、次の得物を狙うように俺を拘束していた両手を動かしていった。  拘束を緩め、その指を身体に滑らせる。 「ふ……ぅ、あっ……」  そのなめらかな指の感触が、優雅だけれどもどこか性急な手つきが、更に俺を昂らせる。  そう、『更に』。  認めなければいけなかった。  俺は、どうしようもなく昂っていた。  昂らされていた。  違和感に気付く前から。  後ろで俺を抱き締めている相手に耳を攻められる前から。  ……まるで、俺がここで意識を取り戻す前からずっとこうして相手に愛撫され続けていたかのように。  今まで、こうして男とベッドに入った覚えなんかない。  記憶のある限り、過去に一度だって。  なのに、相手の息を、舌を、そして指を俺は嫌悪することなく受け入れていた。  のみならず、反応してしまっていた。  気付いた時から俺の中に籠っていた熱さが、自分の感覚を間違いじゃないと裏付ける。 「ふぁ……あんっ」  俺の身体を蠢く指が、俺の胸の、敏感な部分を掠った。  いや、そこはそんなに敏感だったんだろうか。  かるく掠っただけで声が漏れてしまうなんて、俺が知っている俺では考えられなかった筈なのに。 「相変わらず、弱いですね」  そんな俺の考えを真っ向から否定するような声がする。  くぐもった声は、笑いを堪えているようだった。 「だったら、ココを可愛がるのは後にしてあげましょう」 「え……」  優しい声でそう囁くと、声の甘さのまま俺を後から抱き締める。  その言葉には、いくつもの情報が含まれていた。  相変わらず。  弱い。  ということは、相手は俺の身体のことを知っているということだ。  俺の記憶にはない、身体の弱い部分を。  そして、後で可愛がるということは……  振りほどかなければ。  そう考えた俺の腕は、相手の抱擁に阻まれた。  それはほんの僅かばかりの力しか入っていない、なのに動けなくなるくらいの甘い抱擁だった。  だって、俺は今何も身に着けていない。  相手もまた同様らしくて、引き締まったたくましい身体、その温かさ熱さが直接伝わってくるのに――  力を入れればすぐに振りほどくことができそうなその両腕を、俺は僅かも動かすことができなかった。  多分、先程までの愛撫で力が抜けていたからだ。  きっとそうに違いない。  だけど、そう思い込もうとする俺の思考とはまるで逆をいくように身体は相手の腕の中で反応を見せる。 「ふ、ぁ……」  敏感な部分を避け、優しく身体を這うその手に合わせ揺れる。  もどかしいと、ねだるように。  約束されたこれからの刺激を待ちわびるように。 「あ……う、んっ」  思わず漏れそうになる声を必死で押し殺す。  自分の中の熱い部分をも押し留めるように。  そんな筈はない。  俺が……男はおろか誰かとベッドを共にしたこともない俺が、こんな風に誰かを求める筈がない。  どうしてこんな状況になったのか、ここが何処なのか、そして相手が誰なのかも分からないのに。 「文さん……」 「ひ、ぁ……っ」  しかしそんな俺の様子をまるで愛おしむように、相手は腕に力を籠める。 「我慢、しないでください」 「い、や……」 「もっと声を、聞かせて……」 「ん、む……っ」  相手の片腕が、俺の首筋を撫でた。  そのまま上昇し、唇を撫でる。  隙間に添って這わせ、力が抜けた所を見計らって口の中へと侵入させる。  同時に、下半身が動いた。  後ろから俺の両足の間に、自分の足を差し込んでくる。 「俺も、もう……」 「や……めっ」  俺の足は成す術もなく割り開かれ、下半身がより密着する。 「ふぁ……だ、め……」  密着、どころではない。  この体勢は、まずい。  足と足が絡み合う。  俺の下半身……足の付け根に、相手の熱い部分が当たる。  どちらかがほんの少しでも身体をずらせば、それがどうなるか…… 「だ、め……ぁああんっ!」  なんとか拒絶の言葉を絞り出そうとした。  だけど、俺の口から出たのは全く違うものだった。  それが合図のように、今まで俺の胸を抱き締めていた手が動いた。  胸全体に手を広げ、指先で胸の突起を探り当て、緩く蠢かす。 「あ……んんっ」  そんな筈はないのに、今までずっと待ち望んだかのような刺激は強烈に鋭く俺の全身に広がっていく。 「約束通り、ココもしっかり可愛がってあげますよ」  指でゆるりとこね回す。 「は、あぁ……っ」  かと思えば爪を使ってつまみ上げる。 「ひんっ!」  俺の口に入れていた指もそこに混じり、唾液の付いたままの指がより滑らかに胸の上を滑る。 「あ……ぁ……う、あ……っ」  そこから広がる感覚は、俺の思考を乱し身体の感覚のみを昂らせる。 「あ……っ、ああ……っ」  首を振ってその感覚に耐えようとするが、身体を少しでも動かせばよりそれは鋭敏になっていった。  思考が、感覚に飲み込まれていく。  それは、快感だった。  頭に広がる感情全てが、快楽に塗り替えられていく。  俺が、変わっていく。 「あぁ……っ、あ、あっ!」  首を振り、身体を動かしたことで俺の体勢が僅かに揺らいだ。  それが切欠となって、俺の下半身……今ではどうしようもなく待ち焦がれている部分に、相手の熱いものが触れた。  動いたのは、俺じゃない。  いや、俺、だったんだろうか。 「……いきますよ」 「あ……やあっ、だ……っ」  駄目だ。  そう思った、はず。  なのに滾った熱いモノは、ゆっくりと俺の中に侵入していく。  いや、俺が、飲み込んでいく。  違和感、熱さ、痛み……  そしてそれを凌駕する、昂り。 「文さん……」 「ぁ……っ、だ、め、あ、あああっ」  昂りに突き動かされるように、俺は相手を受け入れていた。  俺の奥へ奥へと侵入する熱さに、我を忘れて。 「あっ、ああ……っ、あああああああああ……っ!」  密着を超え、俺の真奥へと到達して――それは尚存在感を放っていた。  その時、再び相手が動いた。  俺の耳元に唇を寄せる。 「……すみません」 「ふぁ……んっ」 「少し、乱暴になるかもしれません……」 「えっ……」 「今日の先輩は、なんだか……いつもより可愛くて」  耳元で囁かれた相手の言葉の意味も、理解できなかった。 「新鮮で、つい……」 「ん……あ、んっ」  そのまま優しく下半身を抱きあげられ、繋がったまま四つ這いにさせられた。  まるで、獣のように。  相手は身体を起こし、後ろから俺と繋がる体勢に。 「いきますよ……」  声と同時に、動いたことで浅くなった結合を再び奥深くにまで突き入れられる。 「ん、あ、あ……あぁああああああっ!」  そのまま激しく引き抜かれ、再び侵入される。 「あ、やさん……」 「あ、あ、あぁあああっ!」  後ろから貫き、俺を抉るように動いていく。 「ひっ、ふ、あぁああんっ」  なのに、俺は……感じていた。  鋭く引き抜かれ、その感覚にぞくりと身体を震わせる。  突き入れられ、違和感と同時に身体の奥で感じる快感に身を震わせる。  乱暴になる。  そう言った相手の意味を、今はっきりと体感していた。 「あ、あ、あぁあっ!」  体感するだけじゃない。  いつの間にか俺は快楽と共に相手を積極的に受け入れていた。  相手の動きに合わせ腰を振り、嬌声をあげる。 「は、んんっ、あ、ああっ!」 「文さん……もっと、もっと、愛してあげます」 「ああっ、あ、あいして……」 「そう、何度でも」 「なんど、も……っ、あ、んあっ、ああっ!」  既に俺の声は、言葉にもなっていなかった。  相手の言葉をただ繰り返し、それがいつの間にか悲鳴のような嬌声へと代っていく。  荒い呼吸と肌を打つ音、ベッドが軋む音……そして俺から絞り出される声が絡み合う。  世界中の音はこれだけだとでも言うように、この空間を支配する。  その音に包まれ俺は何度も何度も昂らされ、快感を吐きだしていた。

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