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5. 歩行者天国

日曜の昼に大澤さんが俺を連れて行く店は毎回違うが、どこも居心地が良くて美味しい。外に出て俺がごちそうさまと言うと、大澤さんはいつもかすかに頷く。 「この店は、うまいけど量が多い」 「うん、そうでした」 「川西さん、普通に食べましたね」 「大澤さんも全部食べてましたよね」 「負けるわけにいかないと思って結構無理したよ。で、腹ごなしに、ちょっと買い物につきあいませんか」 大通りの先は、途中から歩行者天国だった。色褪せたアスファルトの広い車道を指さして、 「あっち歩きたい?」 と大澤さんが言う。いいえ別に、と答えたが、彼は車道に下りて、俺がついていくのを振り返って嬉しそうな顔をした。 「もっと真ん中に行こう」 車道にいる人は多くない。広い道を二人並んで歩き出すと、体が浮き上がるような感覚で一瞬足元がぐらつく。俺は慌てて視線を落とし、白線を踏む自分のスニーカーを確認した。大澤さんの手が軽く背中に触れた。 「大丈夫?」 「はい」 「いつもと違う場所を歩くと、視点が変わるのがいいんですよ」 「確かに、うん。非日常的かも」 でも、外を並んで歩くよりも、早く二人きりになりたかった。 肌寒い曇り空の日で、大澤さんは初めて見るジャケットを着ていた。服いいですね、と俺はさっき褒めたが、ジャケットもその下のシャツも脱いだこの人と過ごす方が簡単で安全で、外にいる間は落ち着かなかった。 私服もかっこいいからもっと見ていたい、なんて思うことは危険だ。歩行者天国で道路の中央を歩きたがるような子供っぽい行動を取られると、いよいよ複雑だ。 「あんまり気が乗らないのはわかってます」 しばらく歩いた後で、彼が突然言った。 「でも私は、好きな人ができたら日常を共有したい方で。一緒にいろいろやりたくなる」 胸がずきんと痛んだ。ほら、複雑で危険だ。どこで油断したんだ、俺は。 職場で顔を合わせた時と同じように俺は口ごもり、自分の鼓動がうるさくて右手で胸を押さえた。大澤さんは俺に合わせて歩く速度を落とし、俺の仕草を目で追って、口を開いた。 「川西さんがこれまでどういう男とどういうつきあい方をしてきたのか知りませんが、私はあなたを遊び相手だと思って声をかけたわけじゃない」 「いや、でも」 俺は彼を見上げた。 「誰とでもやりそうだって言った」 「そんなことは言ってない。言葉の解釈が間違ってる」 大澤さんは俺の目を見つめて、声を落とした。 「私に興味があったから、すぐにOKしたんでしょう」 俺がうなずくと、彼もうなずいた。 「素直で駆け引きできないところが、かわいいです」 あーいや、でも、とまた言ってしまい、俺はため息をついた。 水曜にケンタと会っていることは、日曜には心の重荷だ。逆もそうであり、俺のキャパからいうと潮時なのだろう。同時進行で複数と関係したことはこれまでなかったし、特定の誰かと長く一緒にいたこともなかった。 一人で過ごす夜には、どちらかを切ることを想像した。あるいはもう一人会っている人がいるとそれぞれに告白することを。 簡単なのは、二人から同時に離れることだ。でも、そんないい子の選択はできそうにない。 「俺は節操がないんです。大澤さんが思うより、多分」 「そうですか」 大澤さんはちょっと肩をすくめ、 「まあ、これまでのことはいい」 とつぶやいて、話を切り上げた。 その後デパートと時計店を回り、外に出ると小雨が降っていたので、まだ行きたい店があるけどと言いながら、彼はようやく俺を家に誘ってくれた。 歩行者天国を歩いた次の日曜日は、直接来てくださいと言われて、初めて一人で大澤さんの家まで行った。 高台にあるマンションの広い部屋で、その日は冷え込んでいたが、バルコニーに続くリビングの大きな窓が開け放たれていた。 「寒ければ閉めて」 と彼が言うので窓に近づくと、ソファーの前のテーブルにリボンのかかった小さな箱が置いてあった。 窓を閉め、濃い緑のリボンを見下ろす。大澤さんがそばに来て、 「これは」 と言いながら箱を持ち上げ、俺の手に乗せた。 「贈り物」 びっくりしすぎて、声が出なかった。 箱の中身は、この間の買い物の時、俺が見ていた腕時計だった。 「大澤さん、これ、こんなのだめですよ」 「だめでしたか」 ソファーにへたり込んだ俺を面白そうにじっと見ていた大澤さんは、俺が黙ったままなのでしばらくして隣に座った。 「いったん落ち着いて」 「これは、もらえないっす」 「はいはい」 箱から出した後で動揺して、すぐテーブルに置いてしまった時計を、俺はもう一度手に取った。 「ベーシックなモデルですけど。いちばん好きだと言ってましたよね」 俺はうなずいた。時計は好きだが、良い物を買えるのはまだ先だと思っていて、彼にそのことを喋ったかもしれない。 「つけてみたら」 言われるままに手首に通すと、ひんやりとして重さが心地よかった。指でそっと触れて、針の美しい動きを見つめる。もらえないというのは本音だったが、つい口元が緩んでしまう。 「気に入ったら、もらってください」 大澤さんは俺の左手に指を絡めて自分の方を引き寄せ、時計を眺めた。 「よく似合う」 「でも、こんな高価なものは」 「値段はおいといて。あのね、好意を示す方法は、いろいろある。言葉以外に」 彼は俺の目を覗き込んだ。 「見つめるとか、キスとか、贈り物とか」 そして、そっと俺の額に唇で触れた後、肩を抱き寄せた。 彼の胸にもたれかかり、柔らかいコットンのシャツ越しに思いのほか速く打っている心臓の鼓動を感じると、体の奥から熱が溢れ出す。俺は息をひそめた。 「だから、もらってくれるなら嬉しい。時計をもらうのは気持ち悪いとか、そういうことなら考え直すけれど」 「気持ち悪い?」 「時間を見るたびに俺を思い出せ、という意図を感じませんか」 「そうなの?」 俺は彼を見上げて、返事を聞く前にキスした。大澤さんは大きな手のひらで俺の背中を抱きしめ、途中で息を継ぐために唇を離した時に、いい子だね、と囁いた。

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